第3話 初仕事
体育館を後にした俺たちは、すぐさま教室に戻った。そこにはカレーを食べ終えた小田切の姿もあり、とりあえず現時点で可能な限りのメンツが揃ったことになる。
「2人とも、ご苦労だったな」
呑気に本を読んでいた雨霧先生に、水戸瀬は先ほど知花が言っていたことを話す。
「知花さんは部活動を優先するよう顧問の先生から言われているようでした。雨霧先生、竹之内先生から何か聞いていないですか?」
雨霧先生は読んでいた本をパタンと閉じると、斜め上を見上げた。
「あー、そんなことも言ってたかもな。すまん、言い忘れてた」
悪い意味で期待を裏切らないニコチンティーチャー。
あんた本当に最高の教師だよ!
てか、今のやり取りでどっと疲れが出てきたので今日はもう帰らせてくんないかなぁ……。
そんな俺の思いとは裏腹に、雨霧先生は机の上に束になっている書類に手を伸ばした。
「じゃあ、面倒くさいけどとりあえず仕事するぞ〜。実際に原本を見ながら説明するから私の後ろに来てくれ」
おっと、さりげなく本音が出ていますよ、先生。でも、俺も同じ気持ちです!
とりあえず言われた通りに、雨霧先生の背後に回る。ただ、やる気があるように見えてしまうのは不本意なので、水戸瀬や小田切よりはちょっと離れたところから覗き込むことにした。
雨霧先生が自分の前に置かれた紙切れに手を当てる。
「いいか、これが収支報告書と呼ばれるものだ。文字通り収支についてまとめた書類で、生徒会本部と各部活は1ヶ月に1度、お金の出入りを記したこれを生徒会会計に提出し、最終的には会計監査委員が確認する決まりとなっている。計算にミスはないか、全ての領収書がきちんと添付されているか、使途は妥当であるのかなど、細かいチェックが要求される」
聞くだけでもう面倒くさいのですが……。
そもそも俺は数字というものが得意ではない。始まりは幼少期の二桁の計算だったと思う。周りがある程度頭の中で計算して解いているにも関わらず、自分は紙の上で一つ一つしっかり計算しなければ解けなかった。大体制限時間内に10問解けと言われたら半分くらいしか出来ない。答え合わせで隣の人と答案用紙を交換した際は白紙の部分にデカデカとバッテンを付けて返されて居た堪れない気持ちになったこともしばしばだ。
おかげさまで高校生になった今でも数学は大嫌いな科目の一つだし、何なら自分は数字アレルギーであると思い込ませて諦めてるまである。
「まぁ、百聞は一見にしかずだ。実際に先月の女子テニス部の収支報告書を一緒に見ていくことにしよう」
後ろから書類を覗き込んでみる。フォーマットとしては、収入の部と支出の部でそれぞれ記載する欄が分かれており、1番下には収入合計と支出合計および残高金額を書くことになっているようだ。
「まずは収入の方だが、部活動費が59,000円、部費が40,000万、繰越金が15,000円で合計114,000円となっている。ちなみに部活動費と部費で項目が分かれているが、何が違うのか説明できる者はいるか?」
シーンとする教室。待っても答えは出てこないだろうと踏んだ雨霧先生は、早々に答えを述べる。
「部活動費というのは生徒会費から支給される費用のことで、元を辿れば君たちの親御さんが納めた学校徴収金から賄われている。使い道としては、例えば消耗品のボールを買ったり、絆創膏や消毒液などの医薬品とかを買ったりする時などに使ったりする。ただ、基本的には部活動費だけでは資金が足りなくなる部活がほとんどだ」
「そのための資金が部費ってことですね?」
水戸瀬の言葉に、雨霧先生が頷く。
「その通り。部員たちから直接お金を集めて、そのお金で遠征に出かけたり、練習用ユニフォームを買ったりするわけだ。だから自ずと強豪の部活動ほど、部費は高くなったりする」
部員たちからお金を集めるって言っても、結局は親が出すわけで、つまるところ部活をすることで家計に負担をかけているということに他ならない。
ということはだ。部活に入らない=怠けているだとか、人間力が育たないとかよく言われているが、帰宅部でいることで親への負担を減らしていると考えれば、それはものすごい親孝行なのではないだろうか。結論を言おう、帰宅部こそ正義である!
「じゃあ実際に先月女子テニス部が何にお金を使ったかを見ていくぞ。まずはボール代だが、この報告書には20個購入して1,680円となっている。小田切、領収書の金額はいくらになっている?」
小田切は綺麗に纏められていた領収書を両手でぐちゃぐちゃに広げる。うーん、もうちょっと綺麗に探そうか?
「あった! 税込1,680円!」
「報告書の記載通りだな。じゃあ水戸瀬、ここにはロールガットも購入したことになっているが領収書はあるか? ある場合は値段も教えてくれ」
水戸瀬は散乱している領収書を片付けながら、目当ての領収書を探し出す。
「ありました。ロールガット、13,200円です」
「よし、合ってるな。じゃあ仲間外れもあれだから芹沢、この市営コートの利用料金はいくらになっている?」
どうせならそのまま仲間外れでも構わなかったんだけどなぁ。てか、市営コートの利用ってなんだよ。たかが高校生の部活でリッチすぎんだろ……。
仕方なく俺は対象の領収書を探した。
「ありました。2時間の利用で2,500円、プラス夜間照明利用料で1,600円かかってますね」
「合計4,100円だな。よし、問題ない」
まだ全ての付け合わせが完了したわけではないが、雨霧先生は俺たちに向き直った。
「とまぁこんな感じだ。何か質問ある者はいるか?」
水戸瀬が自分の顔の横まで手を上げた。
「なんだ、水戸瀬」
「報告書と領収書の内容が合わなかったり、領収書そのものが無かったりした場合はどうすれば良いですか?」
「お、いい質問だな。そういう場合は、部長か部の会計担当に指摘をして、報告書の修正をしてもらったり、領収書がなければ見つかるまで探すよう指示してくれて構わない」
あえて指摘や指示という強い言葉を使う雨霧先生。立場上、そのような立ち振る舞いが許されるということなのだろうが、水戸瀬には性に合わないと思う。
その証拠に水戸瀬は困ったような表情を見せている。
「……で、できるかな……?」
なぜ俺を見て言う。俺の顔に答えなんて書いてないぞ。
ただまぁ、助け舟くらい出してやってもいいだろう。
「てか、そういう時って普通顧問が出てくるものでは?」
「確かにそうだよね。雨霧先生が部の顧問に言ってくれればいいじゃないですか」
「もちろん生徒間で解決できそうになければ我々教職員が間に入ることになる。だが、原則は君たちが主体的に行動し、問題解決に努めてもらいたい。君たちの生徒会活動なのだからな。それにこう見えて先生は何かと忙しくて逐一構っていられない」
そこで切ると、雨霧先生はぼそっと追加で言葉を吐き出す。
「そもそも顧問の仕事なんて1円にもならないんだからやる気なんて出るわけないだろ」
きっと全教師が思っていることなのだろうが、それを生徒の前で堂々と口にするのはこの人くらいではなかろうか。
自分に正直に生きるそのスタイル、嫌いじゃないです。
「まぁ慣れるまでは色々大変かと思うが、きっと数ヶ月後には君たちも立派に業務をこなしていると先生は信じている。だから、実直に頑張ってくれたまえ」
「sim‼︎」
元気に返事をしたのは小田切だけだ。上手く言いくるめられているとも知らずに。
水戸瀬は言った。
「……あの、これってマニュアルや手順書みたいなものはあるんですか?」
「まぁ、一応あるな」
雨霧先生は書類の束に手を伸ばし、冊子みたいなものを取り出す。
表紙には『2004年度会計監査委員会マニュアル』と記載されており、古すぎて参考にならないことが見るまでもなく分かった。
案の定、水戸瀬はペラペラとページをめくってから――
「これは参考にならなさそうですね。今とは報告書のフォーマットも違いますし。ちなみにこれって自分たちで新しくマニュアルを作っても問題ないですか?」
「どうぞ、ご自由に。むしろ大歓迎だ。業務の標準化や新人教育のためにも、精度の高いマニュアルは必要だからな」
「分かりました。では、副委員長と一緒に進めたいと思います」
「おい、ちょっと待て。誰もやるなんて言ってないぞ」
「けど、あったら絶対便利だと思わない? ニコちゃんもマニュアルあった方がいいよね?」
「sim‼︎ ニコも手伝う‼︎」
「ありがとう、ニコちゃん。というわけだから、副委員長もよろしくね」
水戸瀬は俺の肩をポンっと叩いた後、雨霧先生と今後の活動について熱心に話し始めた。
てか、スキンシップさりげなさ過ぎるんですけど?!
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