Take me

マヌケ勇者

「Take me」

僕は、恋をしている。

スラムというかドヤ街が近い広場で。

その少し成長気味の少女はいつも歌っている。

たかが歌とはいえその腕はなかなかの物で、

100円200円投げていく人がちらほらいる。

僕は日々訪れると1000円入れている。

それぐらいが、彼女と父の生活費の補填に

ぴったり釣り合うと知っているからだ。

僕だけのカナリアが、

飢えずかつ羽ばたかないように。


ある日そこへガラの悪い連中がやって来た。

「死んだオヤジの借金、払って貰うぜ」と。

少し逡巡したあと、

僕はカナリアを連れて逃げ走った。

状況が落ち着くと僕は言った。

「僕を連れてって。ここから逃げよう」

そう言って彼女にとりあえず

サイフの中身、5万を渡した。


歌っていない日常では、

彼女の顔つきはすさみ、

視力のせいか目つきが悪かった。

それは興味深いことだった。

新しい住居で、

カナリアはキャベツだけを炒めている。

急に金を手にしても、

人はそうそう生活を変えられないものだ。


数年してカナリアは、

苦労の末にキャバクラに入った。

しかしこれまでの貧しい生活で、

彼女の中はからっぽだった。

客と話す話題に乏しい。

僕は彼女にテレビを見せながら、

親身にあれこれ教えて聞かせた。

だが会話の問題が無くなっても、

彼女に男慣れなど無い。

今に誰かの甘い囁きに誘われて。

心はきっと、くすんで行くだろう。


いつか彼女が羽ばたくとき、

僕だけのカナリアの花が咲く。

おおよそ、その花に陽は差さないだろう。

僕だけの黒い花。どう枯れるのか。

その瞬間に、僕は恋をしている。

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Take me マヌケ勇者 @manukeyusha

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