第3話:スキルなしの探索者

 キャンパスを歩きながら、俺の頭の中にはひとつの言葉がこだましていた。ダンジョン――それは、数日前から世間を騒がせている謎の現象だ。SNSやニュースでは連日取り上げられていて、未知の世界が現実に存在しているかのように語られている。


 「光司、お前もあのダンジョンに興味あるんじゃないか?」


 友人のケンがいつも通りに話しかけてきた。彼は好奇心旺盛で、こういう新しい現象には飛びつくタイプだ。俺は頷きながらスマホをいじっていたが、正直心の中ではすでに行くつもりでいた。


 「まあ、興味はあるけど、どうやら登録が必要みたいだな」


 ダンジョンに挑むには、DEO(Dungeon Exploration Organization)という組織に登録しなければならない。俺はその情報をネットで見つけ、すぐにDEOの登録ページにアクセスした。名前や連絡先、年齢などの基本情報を入力し、さらに「スキルの有無」を問われる欄があった。


 異世界で得たスキルがある俺は、それをどう書けばいいのか迷った。だが、現実世界ではそのスキルがどのように評価されるか分からなかったため、「不明」と入力することにした。


 数日後、DEOからのメールで「審査完了」の知らせが届いた。指定された日に基礎研修を受けることになり、その日の講義が終わった後、俺は早速研修施設へ向かった。


 施設に到着すると、予想以上に多くの人が登録しているのが分かる。受付を済ませると、他の参加者と一緒に研修室に案内された。


 「ようこそ、皆さん。これから基礎研修を開始します」


 インストラクターが落ち着いた声で挨拶をし、研修が始まった。研修内容はダンジョン内の基本的な行動ルールや、モンスターとの戦い方、危険な状況での対処法などが中心だった。映像や実例を交えた説明はかなり実践的だ。


 そして研修の後半、ついにスキル確認の時間がやってきた。インストラクターが説明し、前方に大きな装置が置かれた。これは、探索者の持つスキルを測定し、登録するためのものだという。


 「それでは、スキルをお持ちの方は前に出て、装置の前に立ってください」


 参加者のうち数人が立ち上がり、装置の前に立っていた。手をかざすと、装置が反応し、スキルの種類やランクが瞬時に表示される。火炎系のスキルや治癒能力、身体強化などが表示されていくのを見て、皆が興奮した様子でそれを眺めていた。


 俺の番が来た。異世界でのスキル――風の魔法剣技が、どう反応するか興味津々だった。俺は手を装置の上にかざし、魔力を集中させようとした。


 しかし、何も起こらない。


 「……あれ?」


 もう一度試してみたが、反応はない。装置はまるで俺のスキルを無視しているかのように沈黙を保っていた。異世界では確かに使えたスキルが、この装置では確認できない。頭の中が一瞬真っ白になった。


 インストラクターが近づいてきて、申し訳なさそうに言った。


 「光司さん、どうやらスキルが確認できないようです。残念ですが、スキルなしと登録されることになります」


 スキルなしとしての登録。まさかこんなことになるとは思わなかったが、異世界での経験を考えれば、今のこの状況も受け入れるしかない。俺はスキルが発動することを知っている。装置がそれを確認できなくても、問題ではない。


 「スキルなしでも、探索者として登録は可能です。ただ、スキルを持たない状態でダンジョンに入るのは非常に危険ですので、無理はしないでください」


 インストラクターは優しい口調で説得してくるが、俺の決意は揺らがなかった。


 「問題ありません。スキルなしでも構いません。異世界のスキルは俺の中にある。装置が反応しなくても、俺はやれる」


 俺はそう心の中で決め、スキルなしの探索者として登録を受け入れた。


 研修が終わり、外に出るとすでに日は沈みかけていた。ケンから連絡が入り、結果を聞かれたので正直に答えた。


 「スキルなしで登録された。でも、問題ない」


 「マジで? それで本当にダンジョン行くのか?」


 ケンは心配そうだったが、俺には確信があった。


 「大丈夫だ。スキルが確認できなくても、俺はなんとか戦えるさ」


 ケンは少し驚いた顔をしていたが、すぐに笑って肩を叩いてきた。


 「まあ、お前がそう言うなら信じるよ。でも、本当に無理するなよ?」


 「分かってる。ありがとう」


 ケンの励ましに感謝しながら、俺は歩き出した。スキルがないとされても、俺には異世界での経験がある。それが現代のダンジョンでどこまで通用するのか試す機会が来たのだ。


 その夜、俺は自分の部屋で異空間収納を確認した。異世界で使っていた武器や防具、そして何よりも俺自身の記憶と経験がある。スキルなしで登録されたとしても、俺には異世界の力が確かに残っている。


 「スキルなし、か」


 俺は苦笑しながら、異世界で手に入れた剣を握りしめた。現代の基準ではスキルなしでも、この剣と俺の経験があれば、ダンジョンを攻略できるはずだ。


 「次はダンジョンだな」


 スキルなしの探索者として挑む、俺の新たな冒険が始まる。

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