第2話:異世界の遺産

 大学の講義が終わり、いつものようにキャンパス内を歩いていた。桜が咲く静かな道、どこにでもある大学の風景だ。異世界での経験が現実とは違いすぎて、この平穏さが今では少し不自然に感じる。ここが本当に俺のいるべき場所なのか、たまに疑問に思うことさえある。


 俺――東雲光司は、かつて異世界でカイゼル・ノアという名の魔法剣士として戦っていた。だが、今はただの大学生。現実の世界に戻ってきてから、異世界での力は失われていないことを確認したけど、それが今の俺にどう関わるかはまだわからない。


 「おーい、光司!」


 声に振り返ると、クラスメイトのケンが走ってくるのが見えた。彼はどこか落ち着きのない性格で、よくいろんな話題を振ってくる陽気な男だ。


 「なんだよ、ケン」


 俺は軽く手を振って応じた。ケンは息を切らしながら俺の隣に並ぶと、すぐに話し始めた。


 「なあ、最近すごいことが起きてるんだよ! 聞いたか? ダンジョンが出現したって噂!」


 その言葉に俺は一瞬反応が遅れた。ダンジョン……それは、異世界で日常的に聞いていた言葉。だが、現実世界では何の関係もないはずだ。


 「ダンジョン? そんなの、こっちでも出てきたのか?」


 俺はできるだけ平静を保ちながら返事をしたが、内心はざわついていた。まさか、この世界でダンジョンが現れるなんて。


 「そうそう! 街の外れに突然出てきたって噂なんだよ。で、入るとさ、宝とか出てくるらしいんだ。まるでゲームみたいだろ?」


 ケンは目を輝かせて話す。俺は適当に相槌を打ちながら、話を続ける気力もなくしていた。異世界でのダンジョンと同じなら、これがただの噂話ではないことは明白だ。


 「へぇ、そうなんだ。ゲームみたいで面白そうだな」


 心ここにあらずのまま返事をする。ケンは夢中で話し続けていたが、俺はもう別のことを考えていた。


 「まあ、面白そうだから、今度一緒に行ってみるか?」


 「そうだな、そのうちな」


 適当なタイミングで会話を切り上げ、ケンと別れた。彼はまだダンジョンの話で盛り上がっていたが、俺はそれどころではなかった。何かが本当に起きている。異世界と現実が交わり始めているのだろうか。


 ケンと別れてから、俺はスマホを取り出して、ダンジョンの噂について調べ始めた。すぐに関連するニュースやSNSの投稿が見つかった。突如として現れた地下空間、そしてそれを「ダンジョン」と呼ぶ人々。探索者たちが次々とその中に入り、異世界のような空間を目の当たりにしたという報告が相次いでいる。


 「……これ、本物か?」


 異世界での記憶が鮮烈に蘇る。あの場所と同じようなダンジョンが現実世界にも現れるなんて、想像もしていなかった。だが、今目の前にある情報は、異世界での経験とまったく異ならない。


 俺はスマホを握り締めた。現実でダンジョンが存在するなら、俺が異世界から持ち帰ったスキルやアイテムが、この世界でも役に立つはずだ。


 帰宅後、俺は部屋に入り、ドアを閉めると静かに手をかざした。異世界で使っていた異空間収納を呼び出す。異空間収納は、異世界での冒険者たちが使っていた便利なスキルで、アイテムをどこにでも持ち運べるようにするものだ。俺は異世界から帰還した日にそれを試してみたが、やはり現実でも通用することがわかっていた。


 手をかざすと、見えない空間にふっと裂け目が現れる。そこにあるのは、異世界で手に入れた装備やアイテムの数々だ。


 「やっぱり、使えるんだな……」


 俺は異世界で愛用していた黒い戦闘服を手に取った。軽装の鎧が組み合わさっていて、動きやすいのに防御力もある。手に取ると、異世界での戦いの日々が思い出される。モンスターを倒し、仲間と共に戦ったあの時間……。


 さらに奥には、魔法の武具も残されていた。異世界では、この剣で数々のモンスターを切り伏せてきた。この世界で使うことになるなんて、考えたこともなかったが――現実にダンジョンがあるのなら、今後どうなるかわからない。


 「次は……」


 俺は異世界で作ったポーションの瓶を取り出した。回復薬として異世界で多くの場面で助けられたものだ。もし、この世界でダンジョンに挑むなら、このアイテムも重要な役割を果たすかもしれない。


 異世界から持ち帰った力とアイテムは、確かにこの世界でも使える。だが、この力を使って何をすべきかは、まだはっきりしていない。大学生活を送りつつ、異世界で得た力を持て余している日々。だが、現実世界でダンジョンが現れたとなれば、俺の力は再び必要になるかもしれない。


 「行くしかないな……」


 俺は静かに装備を異空間収納に戻し、心の中で決意を固めた。異世界で戦い抜いたように、この世界でも何かが待っている。ダンジョンが現れるということは、そこに何かが潜んでいるということだ。


 この世界でも、再び剣を振るう時が来るのだろうか。もしかすると、それはすぐそこまで来ているのかもしれない。


 次の日、俺は大学に向かう途中、ふとスマホでダンジョンの場所を確認した。もし本当にその場所に行くなら、俺の力を使って何ができるかを見極める必要がある。


 「俺がまた戦うのか……」


 異世界の経験を背負いながら、現実世界でも同じように戦うことになるのか。それとも、ただの噂で終わるのか。


 どちらにせよ、俺はすでにその力を持っている。異世界でのスキルは失われていない。もし、この世界に新たな危機が迫るなら、俺はその剣を再び握るだろう。


 「よし……覚悟は決めた」


 静かに歩き出しながら、俺は心の中でそう呟いた。

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