第12話 猿鬼

信虎の動向について、1520年代から1530年代初頭の状況は、彼の甲斐国内の勢力拡大と同時に、外部の大名や国衆との外交や軍事的な対立・和睦を繰り返している時期であることがよく示されています。


1526年に信虎が北条氏綱に勝利した後、彼の影響力は徐々に信濃方面にも拡大していきます。信濃佐久郡の伴野貞慶の要請により、同年6月3日に信濃へ出兵したことは、信虎の勢力が甲斐国内を超え、外部勢力にも頼りにされる存在となったことを示唆しています。この出兵に対して、佐久郡の大井氏らが和睦を受け入れたということからも、信虎の軍事的圧力が効果的であったことがわかります。


しかし、信虎の勢力拡大はすべてが順調ではなく、享禄元年(1528年)の信濃諏訪攻めでは、神戸・堺川の戦いにおいて諏訪頼満・頼隆に敗退しています。信虎は諏訪氏との戦いで苦戦を強いられる一方で、上杉氏との連携を強化しようとする外交努力を続けていました。


特に、享禄3年(1530年)には、扇谷上杉氏の当主である上杉朝興の斡旋で、山内上杉氏の前関東管領・上杉憲房の後室を側室に迎え入れました。この婚姻は、甲斐国という内陸の勢力が、関東管領職や上杉氏といった広域な政治・軍事的ネットワークに組み込まれていく過程を示しています。扇谷上杉氏との縁組みは、信虎が後北条氏との対立が激化する中で、自身の勢力を強固にするための重要な一手だったと言えるでしょう。


また、信虎は扇谷上杉氏や山内上杉氏との関係強化に加えて、下総国の小弓公方・足利義明とも外交関係を築きました。このように信虎は、北条氏や今川氏といった周囲の強大な勢力との抗争を続けながらも、時には和睦を結び、時には上杉氏や足利氏といった他の有力勢力と同盟を結ぶことで、甲斐の独立性と自身の権威を維持しようとしています。


この時期の信虎の戦略は、単なる軍事力の拡大ではなく、巧みな外交と婚姻政策を駆使して、甲斐国の地位を確固たるものにしようとする姿が浮かび上がります。


 ### 松の結婚


時は流れ、松は成長し、ついに村の有力者である武将の息子との縁談がまとまり、盛大な結婚式が執り行われることとなった。彼女は13歳だったあの日から数年が経ち、強くたくましい大人の女性へと成長していた。


結婚式の日、大井夫人や竹、そして梅も家族の誇りとして松を送り出した。松の夫は戦に長けた武士で、村を守る立場にある男だった。彼の名は正雄といい、松にとって頼もしい伴侶となる人物だった。


松は新しい生活に順応し、家庭を築きながらも、村や家族への思いを忘れずに日々を過ごしていた。しかし、かつて有明山で感じた八面大王の不気味な気配は、彼女の記憶から完全に消えることはなかった。


### 梅の能登行きと猿鬼との遭遇


その頃、松の妹、梅は15歳となり、能登の地へと旅立つことになった。能登には梅の親類が住んでおり、彼らの元でしばらくの間、学問や礼儀作法を学ぶためだった。大井夫人と竹は心配しながらも、梅を送り出すことにした。


能登に到着してからしばらくの間、梅は穏やかな日々を過ごしていた。しかしある晩、親類の家の者たちが話していた「猿鬼(さるおに)」という伝説の話が耳に入る。猿鬼は森に潜み、人々を脅かす恐ろしい存在として長く語り継がれていた。


梅は伝説に興味を抱き、好奇心から一人でその猿鬼が出没するとされる森に足を踏み入れることを決めた。まだ夜明け前、薄暗い森の中で彼女は不気味な気配を感じ、背後に大きな影を捉えた。


**梅(心の声)**:「これは…猿鬼?」


振り返ると、そこには大きな毛むくじゃらの姿をした猿鬼が立っていた。彼の赤い目が梅を見つめ、威圧的な咆哮を上げた。梅は恐怖で体がすくんだが、逃げ出すべきか戦うべきか、心の中で葛藤が渦巻く。


### 運命の対峙


猿鬼はゆっくりと梅に近づいてきたが、彼女は意を決し、逃げ出そうとした。しかし、森の中で迷い、足を滑らせてしまう。倒れ込んだ梅を追い詰めるように猿鬼が近づいてきたその瞬間、ふと猿鬼の動きが止まった。


何かが猿鬼の動きを止めたのだ。


 数日後、梅は死んだ。


 

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