大騒ぎしてる食堂でジュースを買って、友達が待つ屋上に繋がる階段を上がってる途中で、遠くからこっちに向かってくる、数台のバイクのエンジン音が聞こえた。



 ちょうど階段の踊り場を通ってたあたしは、足を止めてすぐの場所にある窓の外に目を向けた。



 校門が見える。



 校門の門柱に背中を預け、ポケットに手を突っ込んで、立ってるあいつの姿も見える。



 ここからじゃ、あいつの姿は正面じゃなく横からしか見えないし、距離があって顔もはっきり見えないけど、機嫌が良さそうな雰囲気は伝わってくる。



 バイクの音が間近まで来た。



 あいつは門柱から背中を離した。



 直後に数台のバイクに囲まれて走ってきた黒のメルセデスが、あいつの前で止まった。



 後部座席のドアを開ける、あいつの背中が見える。



 あいつは開いたドアから車の中へと、差し伸べるように左手を入れる。



 その数秒後、あいつの手を掴んだ他校の制服を着た女が、メルセデスから降りてきた。



――サクラ。



 実物を見るのは初めてだった。



 噂話でしか聞いた事がなかった。



 噂では、何度かこの学校に来た事があるらしいけど、あたしは一度も見た事がなかった。



 この学校にはいないタイプの、大人しそうな女だった。



 髪の長い、瘦せっぽちの女。



 顔はちゃんと見えないけど、大した事はなさそうだった。



 サクラって子は車を降りてすぐ、あいつに何かを言った。



 あいつはそれを聞きながら、サクラって子の肩に腕を回して、自分の方へ引き寄せた。



 並んでるふたりを見て、似合わないと思った。



 あいつにサクラって子は似合わないし、サクラって子にあいつは似合わない。



 噂によると、あのサクラって子は、付き合う前にあいつに抱かれた事があるらしい。



 あいつと体だけの関係を持つ他の女と同じように、一度抱かれたんだそうだ。



 その時に、何があったのかは知らない。



 そのあとに、どんな経緯を辿ったのかも知らない。



 あたしが噂で聞いて知ってる事と言えば、あいつがサクラって子に会ったのはその一度目のセックスの時が初めてだったって事と、そのセックスがきっかけであいつがサクラって子に惚れたって事。



 あいつとサクラって子は初めてセックスをしてから、然程さほど時間が経たないうちに付き合い始めた。



 ふたりはそんな、あいつにとってはいつもと同じ、適当な体の関係からの始まりだったのに、今あいつはサクラって子を有り得ないくらい大事にしてる。



 それまでのあいつの行動から考えると信じられないくらい、サクラって子を大切にしてる。



 関係を持ってた女を全て切って、サクラ一筋になるほど。



 冬服の制服の裏側に、小さく「我命有限サクラ愛続」って刺繡を入れるほど。



 それくらい。



 女癖が悪くて、非道で、良心の欠片もないようなあいつを知ってる人間には、到底信じられないくらい、あいつはサクラって子だけを想ってる。



 噂では、あいつの黒の特攻服にも、冬服の制服と同じ言葉が刺繍されてるらしい。



 そんな風だから。



 あいつがそんな風になってるから――。





――あたしは、あのサクラって子に、聞きたい事がある。

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