インターミッション 7
インターミッション 7
耳に当てていたスマホをポケットに突っ込んで、タッカーは助手席に飛び込んだ。
「アメリカ人らしくアクセル全開で行くぞ」
デイルが張り切っている。タッカーはシートベルトを締めつつサングラスを掛けていた。
「フェイスブックでデビッド・ピアースのアカウントが見つかった。だが、顔写真はネット上で拾ったものを使ってるらしい。コヨーテというIT企業も存在しないことが分かった」
デイルはアクセルを踏んだ。車がグンと加速する。
「全部偽物だったってわけか?」
「だが、日本で発生した誘拐事件についての投稿がある」
タッカーは仲間から送られてきたフェイスブックへのURLをタップしてページに目を通した。デイルはタッカーの手元が気になってチラチラと視線を寄越していた。
「被害者と繋がりがあったわけか?」
「そうなるな」
「だけど、おかしくないか。ドス・サントスさんの家の防犯カメラに栗林陽奈がナイフを持って襲い掛かるところがバッチリ映ってる。あれは揺るぎない事実のはずだろ」
「ずっと引っ掛かってたんだよ。あの映像はフェイクだ」
デイルが目を剥いてタッカーを一瞥する。
「なんで?」
「あの日、朝からずっと風はなかった。だが、あの映像のオリーブの木は風に揺れていた」
「別の日の映像ってこと?」
「動体検知で録画が始まり、それが終わるとフォルダにデータがエクスポートされるとドス・サントスさんは言っていた。だが、それが本当にエクスポートされて出てきたかは分からない」
「じゃあ、ドス・サントスさんもグルってことか。……だけど、なんのためにそんな細工を?」
「栗林陽奈が事故的に死んだと思わせるため」
「計画的に殺された?」
タッカーはサングラスをした目をデイルに向けて小さくうなずいた。デイルはグッとアクセルを踏み込んだ。
二十分ほどでデビッド・ピアースの自宅に到着する。二人は素早く車を降りた。家のガレージには車が停まったままになっている。
「さっきもデビッド・ピアースは家にいたのかもしれん。仕事に行ってたということになっていたが、車がそのままだったからな」
いつでも銃を抜けるように二人は玄関へ向かう。チャイムを押すと、家の裏手で何かがガシャンと派手な音を立てた。タッカーがデイルにアイコンタクトする。デイルが建物の脇に移動して裏手に目をやると、フェンスを乗り越えようとする男の姿があった。
「おい、待て!」
フェンスを乗り越えて振り返ったアジア人の男は駆け出した。デイルは後を追った。ひとっ飛びでフェンスを置き去りにすると、学生時代に健脚でならしたデイルは男の背中を追撃した。隣家の庭の低い生垣を飛び越えると、男は車道のど真ん中を必死で走っていた。直線ならば、デイルに敵う者はいない。地面を蹴って駆け出すデイルは男との距離を瞬く間に縮めていき、高校近くの道路上でついに男は捕らえられた。
「デビッド・ピアースか?」
「それがどうした」
押さえつけられても犯罪者としてのプライドがあるらしい。デビッドは闘争心に満ちた表情でデイルを睨みつけた。
デビッドを連れて戻って来たデイルの耳に、子どもの泣く声が届いた。タッカーがエミリーとその子どもをリビングに置いて、紙の靴箱を片手に持っていた。その蓋は開いている。
「こいつを見てみろ」
タッカーが差し出す箱の中にはいくつものパスポートや証明書の類が詰め込まれていた。どれも名前が違う。
「何者なんだ、こいつら?」
「日本での誘拐事件の首謀者だな?」
そう問われても、デビッドとエミリーは無言を貫いた。だが、エミリーの顔はさつきと寸分も変わらない。それが証拠のようなものだった。
「お前たちは、騙された復讐のために追ってきた栗林陽奈を事故に見せかけて殺害した」
「あいつが悪いのよ!」
エミリーが怒りをぶちまけた。子どもがずっと泣いている。日本では誘拐されたと思われていた男児だ。
「あいつが師匠を殺したから……!」
「もういい。それ以上言うな、エミリー」
デビッドがエミリーに声を掛けた。タッカーが尋ねる。
「彼女を計画的に殺したのか?」
「実行したのは俺だ。エミリーがずっと怯えていたんだ。復讐されるかもしれない、と」
「ドス・サントスさんは?」
「俺たちの仲間。あの女が来たら知らせるように言っておいた」
タッカーはガタが来ている室内を見回した。良い暮らしだとはお世辞にも言えない。
「悪いことはするもんじゃない。こんな場所でのさばるハメになる」
「こんなはずじゃなかった」
デビッドは悔しさを噛みしめていた。その腕を掴んでいたデイルが鼻で笑う。
「犯罪者はみんなそう言うんだよ」
「そういうことじゃない」デビッドの声は震えていた。「回収した暗号資産のペーパーウォレットは偽物だったんだ。あれで奴は俺たちの居場所を突き止めた。金を奪われたのは俺たちの方だ」
その言葉の意味するところを、二人の刑事は知らない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます