インターミッション 6

インターミッション 6

 岩淵と名乗った書記官の男は気難しそうだった。自国民がこの地で命を落としたことに思うところがあるのかもしれない。ハリウッド署の一室で、タッカーとデイルは彼の醸し出す張り詰めた空気感に身が引き締まる思いだった。


「捜査の状況はどうですか?」

「今は射殺したドス・サントスさんに正当性があったかどうかの精査中です」

「正当防衛ではないという疑義があるというわけですか?」


 岩淵が鋭く切り込んでくる。タッカーはマスクをしていても伝わるように表情を和らげた。


「疑義というほどではありませんが、気になる点がいくつかありましたので」


 岩淵は小さくうなずいた。


「その辺りの捜査についてはお任せします。それで、早速ですが……」


 岩淵はブリーフケースの中から書類を取り出して二人の刑事に差し出した。ヒナ・クリバヤシの情報についてのものだ。


「栗林陽奈さんについてですが、日本で刑事をしていました」

「刑事……」

「ええ。すでに離職していたようですが。ただ、離職してからは職場の元同僚たちと連絡を絶っていたようで、今回の件のことについては知る人がいないというのが実態です」


 タッカーは眉を顰める。


「なぜ刑事を辞めたんですか?」

「彼女は去年の十一月十九日に発生した男児の誘拐事件の現場指揮官でした。ところが、捜査上のミスで犯人を逃してしまった。身代金も男児も奪われたまま、現在も行方知れずとなっています」


 タッカーとデイルは手元の書類に目を通す。


「身代金約四十四万ドル……ここには現金とありますが、どうやって受け渡しを?」


 岩淵は端的に答えた。


「それが詳しく分かっていないんです」

「分かっていない?」

「捜査員たちによれば、犯人の指示で被害者の母親が現金の入ったバッグを運搬したそうです。しかし、その途中で現金が消えてしまったと言うんです。犯人は最後にバッグをバスのトランクルームに入れるように指示をしました。しかし、バスが目的地に到着した後、誰も受け取りに現れないので不審に思い、バッグの中を確認したところ、ダミーの札束が詰まっていたらしいのです」


 デイルは狐に摘ままれたような顔になってしまった。


「どういうことが起こったのか、さっぱりですね」

「とにかく、この件で警察へのバッシングが激化し、被害者の母親側が県を相手取って訴訟の構えを見せた後、警察との間で和解が成立。その渦中にいたのが、栗林さんというわけです」

「犯人からの声明は?」

「身代金の受け渡しの日以来、一度も」

「しかし、その件と今回の事件がどう繋がるのか……。彼女の離職後の動きは分かっていますか?」

「離職後すぐに自宅マンションの賃貸契約を切り上げて以降は元同僚たちも行方が分からなかったそうです。日本国内を転々としていた可能性はあります」

「誘拐された子どもの母親とのコンタクトは?」

「それが……」岩淵は苦い顔をする。「彼女もまた行方をくらましていまして」

「きな臭くなってきましたね」


 タッカーの隣で書類を漫然とめくっていたデイルの目が突然見開かれる。


「タッカー! これを!」


 デイルが指さすのは、被害者家族の写真だった。アジア人の妻と白人の夫、そしてその子ども。小野寺さつきと凛久と名前がある。しかし、母親の方の顔に二人の刑事は見覚えがあった。タッカーは吐き出すようにその名を口にした。


「エミリー」


 そして、その夫の名前もある。


「デビッド・ピアース!」

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