インターミッション 3

インターミッション 3

 タッカーとデイルはLAキャブというロサンゼルス国際空港近く、ウェスト・チェスターにあるタクシー会社に向かっていた。


≪トゥルー・ウォリアーズ・ガンスミス≫とその周辺の防犯カメラの映像を解析し、店を訪れる前後にヒナ・クリバヤシの使ったタクシーが特定された。前後で違うタクシーだったようだが、どちらも同じLAキャブだった。


「ヒナ・クリバヤシは事件の前日に日本から入国してました」

「前日? それはまた急なことだ」


 現在のロサンゼルスは入国後に感染症対策としての隔離期間が設定されているわけではない。検査が推奨されているものの、義務ではないため、ワクチン接種者であれば入国後に自由に行動することができる。


「ヒナ・クリバヤシの入国後の足取りも追ってるところだ」

「事件の前日に入国となると、どこかに押し入る目的でやってきたようなものじゃないか」

「なんでロサンゼルスだったんだろうな?」


 今は助手席に収まるタッカーはヒナ・クリバヤシが≪トゥルー・ウォリアーズ・ガンスミス≫でナイフを購入した事実に着目していた。


「ロサンゼルスにやってきた翌日にナイフを買った。その一時間後には死体になってたわけだ。きっと理由はある」

「とはいうものの、被害者とドス・サントスさんの間に面識はないんだぞ」

「そこが分からん。彼が元々のターゲットだったのか、偶然的に選ばれたのか……」


 LAキャブに到着し、二人はワトキンスと名乗った女性の広報担当者に案内されて会議室に通された。


「運転手を呼んできます」


 そう言ってワトキンスが部屋を出て行く。出入りは窓の外に広がる駐車場に停まっている何台かのタクシーを見つめた。


「このご時世でタクシー会社も大打撃らしい。五年前にウーバーが台頭した時も相当なダメージを被ったらしいが、たぶんそれ以上の影響を受けてるだろうな」

「世の中の何が俺たちの生死を握ってるかなんて誰にも分からんさ」


 ドアがノックされて、ワトキンスと共に二人の男が部屋に入ってきた。


「メンデスとウォーカーです」


 ワトキンスが二人を紹介する。ヒスパニック系の気難しそうな方がメンデス、もう一方の神経質そうなアフリカ系がウォーカーだ。


「お忙しいところすみません。ハリウッド署のタッカーです。手短に済ませましょう」


 デイルがヒナ・クリバヤシの写真をテーブルの上に置く。タッカーがそれを指さす。


「昨日、ハリウッド・デルで亡くなった女性です。ヒナ・クリバヤシ。お二人とも見覚えはありますね?」


 二人はうなずいた。デイルがタッカーの後を引き継ぐ。


「カルバー・シティの≪トゥルー・ウォリアーズ・ガンスミス≫に乗せたのは?」

「俺だ」


 ウォーカーが手を挙げる。


「ウォーカーさん、あなたは彼女をどこで拾いましたか?」

「空港の近くだよ」

「よく覚えてますね」

「英語が話せないようだった。で、地図をプリントアウトしたものを渡してきて、印がついてたんだ。そこに行きたいと言われた」

「その目的地というのが≪トゥルー・ウォリアーズ・ガンスミス≫?」

「そうだ」

「タクシーを予約してたわけじゃないんですね?」


 デイルがワトキンスに尋ねた。


「ええ。その女性の名前で予約された記録はありません」

「移動中は何か話しましたか?」

「いや。こっちから話しかけても通じていないみたいだったからね」

「支払いは現金?」

「ああ。釣りは要らなかったようですぐに降りてった」

「調べたところでは、彼女は店に入って五分ほどで出てきました。待ってるようには言われてないんですか?」

「言われてないよ」


 デイルはメンデスの方に目を向けた。


「それで、メンデスさんが店の近くで彼女を拾ったんですね。彼女はどんな様子でしたか?」

「感じは良さそうだった。だが、英語が話せないようで、俺にも印のついた地図を見せてきた。ここへ行ってくれと」

「具体的にどこを指示されたんです?」

「ハリウッド・デルだよ。ストリートビューの写真のプリントアウトも見せられたが、具体的な場所は知らなかったから、適当な場所で降ろしたよ」


 タッカーはスマホを操作して、画面をメンデスに向けた。


「事件現場になった家がこれなんですが、ストリートビューの写真もこれでしたか?」

「ああ、そうそう。そこだよ」


 表情が少し明るくなったところを見ると、同じ場所だったらしい。タッカーとデイルは顔を見合わせた。


「彼女は荷物を持ってましたか?」


 タッカーが訊くと、メンデスもウォーカーも首を横に振った。その回答にタッカーは深く考え込んでしまった。


「ここでも支払いは現金?」

「そうだ。俺の時も釣りを渡そうとしたがすぐに降りて行った」




 LAキャブでの聞き取りを終えて外に出ると、陽が傾いて東の空は群青色の絵の具を滲ませたようになっていた。


「どう考える?」


 デイルが考えを求めてくる時は、悩んでいる時だ。タッカーはサングラス越しにデイルの顔を見た。


「ヒナ・クリバヤシは少なくともあの家に用があった。それよりも不可解なのは、≪トゥルー・ウォリアーズ・ガンスミス≫では持っていた現金もパスポートも地図もナイフの箱も、全部消え去ってるってことだ」

「どこかで処分したってことかも。路上のゴミ箱にぶち込んだんじゃないか」

「でも、パスポートだぞ。それに、もしかしたら、現金も」

「彼女は身分を隠したかった? それなら、持っていたものをどこかに隠した可能性もあるな」


 タッカーはデイルの車に向かって歩を進めた。


「とにかく、事件を洗い直す必要がありそうだ」

「ドス・サントスさんを疑ってる?」

「場合によれば、そういうことになるかもしれん」


 そう言ってタッカーは車のドアを開けた。


「そういえば」デイルも運転席に乗り込むと、エンジンを始動させた。「日本総領事館から連絡があったんだ。ヒナ・クリバヤシの遺体の引き渡しについて。で、こちらからは彼女についての情報提供を申し出てる。もしかしたら、俺たちで総領事館の人間の話を聞くことになるかもしれない」


 タッカーは分かりやすく溜息をついた。


「なにやら大袈裟なことになってきたな」

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