インターミッション 2

インターミッション 2

 タッカーはデスクで解剖所見に目を通していた。昨日、撃たれて死んだ身元不明の女のものだ。


「被害者の胸に当たった二発の弾丸のうち、一つが心臓の大動脈をぶち破ったのか」

「そりゃあ、ひとたまりもないな」


 デイルが胸元に手を当てて痛みに耐えるように顔をしかめた。


「知りたいことは山ほどあるが、まず被害者は一体どこの誰なのかってことだ」

「今、アメリカのDNA管理者に片っ端から当たってるけど、時間かかりそう」


 アメリカではDNAに関連した民間企業が保有するデータベースを警察などの法的執行機関が利用している。現場に残されたDNAから犯人の特定に繋がったケースもある。


「タクシー会社の線は?」

「それも問い合わせ中。運転手への聞き込みに時間がかかってるらしい。バスと地下鉄、街頭の防犯カメラも確認中。どこかしらから見つかると思うけど」

「そうじゃなきゃ困る。あの軍隊仕込みのナイフは?」


 待ってましたと言わんばかりにデイルは一枚の写真をタッカーに手渡した。謎の被害者女性が持っていたとされるナイフの柄の部分が写っている。


「ナイフのハンドルに『TW』というロゴがプリントされてた。≪トゥルー・ウォリアーズ・ガンスミス≫……カルバー・シティにある店だ」


 カルバー・シティはハリウッドから車で二、三十分ほどのところにある地区だ。タッカーは立ち上がった。


「行こう。ここで書類とにらめっこしてるよりマシだ」


 ハリウッド署の駐車場に出て、タッカーは自分の車に向かっていった。


「俺の車で行かないの?」

「車を飛ばしたい気分なんだ」

「お好きにどうぞ」


 デイルは肩をすくめてタッカーの車の助手席に滑り込んだ。飛ばしたい気分と言っていたタッカーだったが、ハリウッド署を出るその車はお行儀良く見えた。


「被害者はなぜドス・サントスさんを襲ったんだと思う?」


 窓の外の景色を眺めているデイルが熱のこもらない問いを発した。今回の件は強盗殺人課の刑事にとっては波のないビーチのようなものだった。数多くの絶えた命に接してきたせいで、どこかが麻痺しているのかもしれない。


「誰でもよかったのか、あるいは彼でないといけなかったのか。どちらにせよ、ナイフで武装していた以上、誰かを傷つけるつもりだったのは間違いない」

「しかし、銃で武装してる家主に突撃するなんて、自殺願望があったとしか思えない。近所の住人の話では、被害者の女は銃声が鳴る少し前にあの辺りをうろついていたらしい」

「手頃な家を探していたのかもな」

「ドス・サントスさんはガレージのシャッターを開けて車をいじっていたから、それを見て侵入しようとしたんだと思う。彼にとっては不幸だ。なにせ越してきて数か月のことだからな」

「運が悪かったというわけか」




 二人の乗った車はハイウェイを経由して、目的地近くの出口で降りた。目的地の≪トゥルー・ウォリアーズ・ガンスミス≫はハイウェイのそばにある小ぢんまりとした外観の店だった。タッカーは車を車道脇の駐車スペースに停めると、ゆっくりと車外に出て大きく伸びをした。今日も快晴で、暖かいそよ風が吹いていた。


「ナイフのハンドルにあったロゴと同じだ」


 デイルが指さす先、店のドアの上に「TW」のロゴが掲げられていた。入り口に向かう二人だが、マスクにサングラスと端から見れば怪しい出で立ちだ。


 店内は狭いながらも簡素でデザイン性が見られる、スポーツショップのような内装だ。フロアや壁の商品棚には、拳銃やライフル、防弾ベストやヘッドギア、タクティカルスーツやブーツなどが陳列されている。そして、店の一角にナイフコーナーが設けられていた。


「タッカー、これだ」


 デイルが手招きして、商品棚のスタンドに立てかけられている迷彩柄のサバイバルナイフを指さした。


「何かお探しで?」


 店のロゴが入った黒いTシャツを着た男が近づいてきた。モジャモジャの黒い長髪にモジャモジャのひげ。両腕に幾何学模様のタトゥーが刻まれている。ファンタジー作品に登場するドワーフみたいな風貌だ。


 タッカーがバッジを見せる。


「ハリウッド署のタッカーです。こっちはデイル」


 男は思わず吹き出した。


「タッカー&デイル?」


 だからタッカーはデイルと組むのをずっと嫌がっていた。あのふざけたホラーコメディ映画のタイトルと同じなのだ。会話の取っ掛かりには良いかもしれないが、ただ舐められるだけのことも少なくない。タッカーは刑事らしく厳しい目つきで男を睨みつけた。


「お宅のナイフが死亡事件に関係してるんです。それで話を聞きに来ました」

「うちのナイフが? 確かですか?」


 タッカーはデイルに顎で指示した。デイルはスーツのジャケットの内ポケットからナイフの写真を取り出して男に差し出した。男は信じられないというように目を見開いて、その顔を二人の刑事に向けた。


「何があったんです?」

「あなたはここの店員?」

「コリンズです。ここを経営してる」

「昨日の午前十一時頃、ハリウッド・デルにある民家に不法侵入した女が住人の警告を無視して襲いかかったので射殺されたんです。死んだ女が持っていたのがそのナイフだった」

「アジア人?」


 コリンズが核心を突いてきたので、タッカーは面食らってしまった。


「なぜそう思うんです?」

「昨日、そのナイフを買っていった女性のことをなんとなく覚えていて……」


 今度はタッカーがジャケットの内ポケットから写真を取り出した。被害者女性の顔を解剖前に撮影したものだ。


「この人なんですが」

「ああ!」コリンズが飛び跳ねるように反応した。「この人です! どうも場違いな様子だったので印象に残っていたんですよ」

「ナイフを販売したということは、彼女のIDを確認したはずだが」

「ええ、もちろんです。コピーも取ってありますよ」

「そりゃ、ありがたい。確認できますか?」

「ええ、こっちへ」


 コリンズはタッカーたちを連れてバックヤードに向かった。小さなオフィスのデスクに無数のファイルが押し込められているスペースがあった。そこから黒いファイルを引っこ抜くと、コリンズはページを繰ってお目当ての物を探し出した。


「これです」


 タッカーはコピーを受け取って書面に素早く目を通した。内容はパスポートをコピーしたものだった。


「日本人か。ヒナ・クリバヤシ。三十四歳。……コピーを取っても?」

「今、取りますよ」

「パスポートは原本?」

「ええ」


 コリンズはオフィスの隅にある複合機でコピーを二枚取ると、タッカーたちに手渡した。


「場違いな様子だったと言ってましたが、どういう意味です?」

「ここに来たのが初めてらしくキョロキョロしてましたし、何より言葉が通じなかったんです。簡単な言葉は分かるようでしたが。それに、なんというか……この店に来るお客さんたちとは空気感が違って見えました。言葉で表現するのは難しいですが」


 デイルがスマホを片手に部屋を出て行く。パスポート情報をもとにヒナ・クリバヤシの足取りを調べる体制を整えるためだ。


「防犯カメラの映像も見せていただけます?」

「もちろん」


 コリンズはパソコンの前に座ってしばらく操作すると、該当の映像が再生された。クリバヤシはキョロキョロとしながら店の中に入ってきた。時刻は事件の一時間ほど前になっている。彼女は店内をウロウロしていたが、やがてナイフのコーナーの前で足を止めた。それから、店の奥にいたコリンズに向かって身振り手振りを交えて何かを言った。しばらくやり取りがあって、クリバヤシは現金でナイフを購入して出て行った。


「まさか買ったそばから犯罪に及ぶとは……」


 コリンズはショックを隠せないようだ。


「あなたは職務を全うしたまでです。必要以上に落ち込む必要はない」

「分かってはいるつもりです。私が手を繋いだ誰かが反対の手で血を流させているかもしれないということは」

「ご協力ありがとうございました」


 タッカーはコリンズの肩を叩いて店を後にしようとしたが、立ち止まって振り返った。


「ナイフを買うと箱はついてくる?」

「ええ、もちろん。……これです」


 コリンズがカウンターの下から取り出した白い箱には店のロゴマークがでかでかと印刷されている。


「これは一本いくらです?」

「二百八十ドル」


 タッカーは箱をじっと見つめて少し思案してから、コリンズに軽く手を挙げた。


「ご協力感謝します」

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