第14話  第一部 14・4継(400mリレー)


 400mリレーの女子はバトンのミスでアンカーの山野沙紀までつながらなかった。

大迫勇也先輩は午前中に行われた走り幅跳びを6m93で優勝した。

「大迫より行くかもしれない」

僕の幅跳びは、沼田先生が言うように、そんなに伸びるのだろうか。


上野先生がテントにやって来た。清嶺高校のテントはすぐ近くにあったのでついでに覗いたのかもしれない。

「すごいぞ、ノダケン!ハードルぶっ飛んどいて4300点台に乗せるなんてたいしたもんだよ。ヌマタ先生もなかなか見る目がありますね。」

「おい、ノダケンって? この人は?」

応援に来ていた武部が目を輝かせてそういったが、ここは無視するしかない。説明なんかしてたら明日からが大変だ。


「上野先生のおかげです。ありがとうございました」

「お世辞上手だねあんた。私が教えたからハードルぶっ飛んじゃったのかもしれないでしょ? そうは思わないの?」

「はい、なんかわかったような気がするんです。ハードルの跳び方。失敗してみるとかえって、次に向かってファイトが湧いてくる気がします」

「あらー、ノダケンだわ、やっぱ!」

後ろで長野沙保里と1年生の中島瑠璃が笑っていた。中島瑠璃とは短距離グループの練習で一緒になったことがあった。小さな身体ながら伸びやかな走りで12秒台を記録している。山野沙希のライバルでもある。札幌近郊の石狩市から清嶺高校まで通って来ていた。


リレーの決勝が迫ってきた。山野さんが妹の話をしている。

「あいつよく泣くんだよねー」

笑いながら僕に向かって言った。

「ウソでしょうー」と言ったのは坪内さん。

「世の中で1番泣きそうにない女の子じゃあ、ないの?」

「お前、それどういう意味」

「いや、勉強でもなんでも完璧にできちゃう強い女の子みたいに見えるから。中学の時の学力コンクールとか1番だって言ってませんでした」

「そういうのと女の子だからとは違うだろう」

「バトン渡らなかったからか?」


大迫さんはいつものように冷静に応える。あの円山で山崎昇に負けて天を仰いでいたときのような、冷静でない彼を見ることはあれ以来1度もなかった。この雰囲気はどこから来るのか。いつでもクールに振る舞えるのは何でなのか。生まれつきそんな性格のはずはないし、ムリして気取ってるふうにも見ない。やっぱりこんなふうにずっと生きてきたんだろうか。


「怒ってなかった?」

「自分が走れなかったことじゃなくて、北田さんたち3年生がこれで終わったことに泣いてたみたいだ」

「女の子だねー!」

さっきの失言を挽回したい坪内さんが必要以上に大きな声をだし、それにすぐ大迫さんが反応して言った。

「坪内とか野田とかも俺たちが終わったら泣いてくれるか?」

「いやー、航平が泣いたら見物だよな! 動画撮っとこう!」

「野田は、絶対泣きそうにないな!」

大迫さんが言いたいのは、負けても気にするなと言うことだろうか。全道大会までつなげられたので、青木さんの肉離れも回復するかもしれないし。


「紗希が言ってたぞ。野田を見てるとイライラするってさ」

「僕ですか? あんまりしゃべったことないんすけど」

「いや、きっとよ、おまえは言いたいこと言わないし、本当にやりたいこと隠してるみたいだからさ」

「僕、あんまりしゃべるの得意じゃないんです」

「しゃべるだけじゃないだろ!」と坪内さん。

「そうじゃなくて、お前は自分を殺して我慢してるように見えるから、南ヶ丘の生徒には伝わらないってことだ。山口美優にもそう言われなかったか?」

大迫さんは山口さんと仲がいいんだろうか。

「なんか、そんなようなこと言われました。僕、頭悪すぎてうまく理解できてないんですが……」

「お前は、感情で動いてるからな。自分の主義とか損得とかより、その場の雰囲気つかんで生きてるような……」

「鈍いんですよこいつは! 天然なんですよ。山野さんたちが兄妹だったことも知らなかったんですから」


「自分を隠そうとしてると、相手の情報も入ってこないもんだよな。インターネットでセキュリティーばっかり気にしてると、入ってくる情報も制限されるのと同じだ」

「大迫は理系だから工学系に進むのか?」

「そうだなー、電子工学関係かな。山野は病院継がなきゃならんしな」

「山野さんとこ病院なんですか?」

「ほら! これだもん!」

坪内航平は人差し指を立てて振った。外人みたいだと思っていたら、なにかのCMをまねしてるのだと後から聞いた。


「いいか、おまえ。中川内科胃腸科病院と山野整形外科は南が丘の周辺じゃ超有名な病院だろう!」

「中川の家は下宿から近いんで……、今朝も送ってもらったんですけど、山野さんのとこはどこですか?」

「ウチはね、正式には山鼻形成外科医院って名前なんだ。中央図書館のあたり。昔は教育大があそこにあったらしい」

「ああ、見たことあります。あそこ、かなり大きな病院ですよね。そうだったんですか!」

「ばーか!」

「3代目か?」

「2代目。でも、親父は紗希が継いでもいいと思ってるし、僕もできれば大学病院系がいいかなと思ってる」

「札医大系か? 北大系?」

「いちおう北大と思ってるけど。どうかな、まだ勉強進んでないし」

「妹さんは中川と1番争いしてますよ」

「ばか、山野さんも3年生で1番なの!」

「1番じゃねえよ! 紗希は負けるのだいっ嫌いだけど、僕はそうでもないんだ。別に1番にこだわってない」


「野田は?」

「ビリです」

「やっぱり!」

その言葉にみんなが笑った。

「じゃなくて、何を目指してんだということよ」

「いや、よく分かってなくて」

「そう言うとこがイライラなんだな紗希は。お前の家のことも分からないしよ」

「ただの田舎の家です。先輩たちみたいな立派な家庭じゃないから」

「お前のさ、そういう隠された部分がさ、女の子には魅力的に映るんだよ。お前結構もてるみたいだし」

大迫さんが指で僕の腹筋を突っついた。そのとたん、笑顔で話していた彼の表情が変わった。


「お前……、ちょっと腹見せてみろ!」

もう一度指で腹筋をつつきながら大迫さんが驚きの表情をした。

二人が僕を見た。

「いやですよ。なんですか?」

「どれ」

坪内さんが僕のユニフォームをめくり上げた。それを見た三人が同時に唸った。


「おまえ、中学ん時、どんな練習してたのよ?」

大迫さんが切れ長の目を見開いて聞いた。

「いやー、野球部ですよ。ごく普通の野球部の練習です」

「だからさ、例えば? どんな?」

山野さんの目も大きかった。

「塁間ダッシュとか、ベーランとか、素振りとか、普通の野球の練習ですけど」

「素振りはどのくらいしてた?」

「300回くらいですかね」

「毎日?」

珍しく坪内さんが馬鹿にした言い方でなくなった。

「はい、寝る前に300くらい。練習の時ロングティー100くらいだったと思います」

「ロングティー? それって? どんな練習?」

山野さんは興味津々といった雰囲気で勢い込んでそう聞いた。

「あのー、プロ野球の選手とか練習前によくやってる練習です……」

「野球見に行ったことないからさー、どんな練習なのさー」

坪内さんが不愉快そうないい方に戻っている。


「あのー、トスしてもらったボールをですね、フルスイングして遠くまで飛ばそうって練習なんすけどね……、たまにソフトボールを使ったりしてねスイングの強さを身につけるっていうか……」

「説明へただなー、おまえ!」

坪内さんの喜びの声が聞こえてきた。

「なんか見たような気がするな。プロ野球のキャンプの映像なんかで見る練習だなきっと」

大迫さんが落ち着いて言った。

「フルスイングで100っていったら、下半身も結構きつそうだよな」

山野さんは中学時代野球部にいたことがあると後から聞いた。


「上半身の補強とかは?」

山野さんの上半身は細かった。

「上半身ですか?……、ああ、試合のない時期は、鉄棒の懸垂とか振り跳びとか結構やらされました。それと、体育館のロープ登り。それから、逆立ち歩きがうちの野球部の伝統で塁間歩けるようにやらされました」

「逆立ちで塁間歩けるの?」

「最後は1周させられました」

「1周って、本塁から1周回るってことか?」

「はい?」

「できるの、そんなこと?」

「そうですね、3人くらいしかできませんでした」

「お前はできたのか?」

「はい」


おいちょっとそれ脱いでみろよ、と坪内さんにユニフォームを脱がされると、霧雨状態になっていた雨が上半身を濡らした。

「おー!」と三人の声が合唱のように重なり、サブトラックにいた他校の選手たちが注目し始めた。急いでユニフォームを着てジャージを羽織り、ウインドブレーカーに手を通している間、三人は無言だった。


大迫さんが静かに言った。

「沼田先生がお前に期待しているのは当然だな。体操選手みたいな身体してる。すごいな。お前、握力とか凄いだろう?」

「70㎏ぐらいです」

「70! 俺は40しかない」

坪内さんの上半身も華奢だった。

「柔道部の谷口、F組のでかいの、あいつが70だって言ってたな、確か。体育のテストはあいつが1番だったはずだぞ」

「お前、スーパーマンになれるわ!」

「何いってんですか。握力じゃ速く走れません!」

「いや、最後は筋力だ! 握力だろうと腕力だろうと、パワーにあふれているものが最後は勝つ。」

「そうだな、俺たちはどう頑張っても、そんな筋力は付けられないし、本気で野球やってきたって証拠がちゃんと残ってる。すごいよ」

「お前の家のDNAなんだな。うらやましいな……ホント!」


坪内さんは、やたらDNAにこだわる人だ。あなたの家のDNAはしゃべることですね、と言いたいところだがそんなことは絶対に口に出せない。

「お前は絶対、十種競技やれ! 沼田先生の北海道記録破るのはお前だ。」

山野さんがあきれたような言い方をした。

「そうだ、お前しかいない!」

大迫さんがみんなに宣言しているような言い方をした。

「沼田先生、十種競技やってたんですか? やり投げじゃないんですか?」

「ばーか! そんなことくらい知っとけよ!」

いつもの坪内さんに戻っていた。

「紗希がイライラしてるのはそういうところだわ。お前、自分の力をもっと自覚しろ。自信もて。もっと自分を表に出せ。田舎者も何も関係ないって! そしたら、おまえ、本当に……凄いことになるかもしれない」


1レーンを空けて、2レーンが恵北、3レーンは北翔、4レーンに札幌第四、5レーンは東栄、そして6レーンに南が丘、7レーンは千歳体育、8レーンは江別栄、9レーンに恵庭緑という組み合わせになった。北翔と札幌第四がタイムでは群を抜いていた。3番手、4番手争いは拮抗していた。バトン次第の結果となりそうだ。

各コーナーの白旗が確認され、スターターが台に上がった。細かな雨が降り続いていた。

1500mは雨の方が走りやすかった。でもリレーはそうはいかない。慎重にしかし大胆に、バトンを自分の手の中に受けるまで4人でつないで行くのだ。


坪内航平のスタートは抜群だったが、大迫勇也につないだ時点では4番手だった。決勝に残ったチームはさすがにどの選手も速い。11秒前後の選手ばかりだ。その中でもバックストレートを加速していく大迫先輩のスピードは素晴らしかった。100メートルの時とは違って、とてもスムーズな動作で後半もスピードは落ちない。1番で山野憲輔につないだものの、差はほとんどない。コーナーの走りで一気に差がつき始める。札幌第四がトップでやってきた。恵北と栄が続き、南が丘は山崎昇がアンカーを務める北翔についで、千歳体育と並んでやってきた。喜多満男のいる学校だ。


「ゴー!」という声がいくつも聞こえたが、惑わされることなく15足長のマークだけを見ていた。サードからのタッチアップもコーチャーの言葉に任せていると早く出過ぎることが多く、自分の目が1番頼りになった。山野憲輔の足がマークに来た! 4歩目で左手。手のひらを開く。

「いけ!」といったのは誰だ? 

手に触れたバトンの感触で、左手をがっちりと握り締めた。

「持ち替えるなよ!」

山野さんがそんなこと言うわけない。でも、確かに山野さんの声だと思った。

「これが最後の全市だから」

リレーの前に言っていた言葉が頭に浮かんだ。3年生にはこれが最後なのだ。負けた時点で引退する。去年の自分は地区の決勝で負けて野球を引退した。高校総体も地区で負けてしまえば同じこと。

「リレーのアンカーはな、体中の筋肉に目1杯力込めて追いかけろ!」

沼田先生の言葉が再びやってきた。


 札幌第四は3m先にいた。恵北と栄はそのすぐ後ろについている。北翔の山崎昇は1メートル先、千歳体育と並んでいる。

「抜いてやる! 絶対抜いてやる!」

バトンを持った手に力が入った。肘にもいっぱいに力を込めて大きく振った。膝に、足首に、股にも関節にも全力疾走の指令をだして追いかけた。札幌第四のアンカーを見つめて走った。


「あのハチマキをとってやる!」

山崎昇が先をゆく。

「負けない! 抜いてやる!」

スタンドの歓声が最高潮に達した。山崎昇が札幌第四を捉えた。ゴール前の横線が見えた。バトンを顔の前まであげ、力いっぱいの腕振りをして山崎昇を追った。ゴール前、競技場全体が声援と歓声に包まれていた。左に肩を振るように胸を突き出してゴールラインを越えた。札幌第四のアンカーが見えた。山崎昇は2mも前にいてバトンを頭上にあげた。僕はそのまま第1コーナーまで走って、やってきた坪内航平と大迫勇也のところまで行った。


「やったな!」

クールな大迫先輩の顔が緩んでいた。

「すげえぞ野田!3着だぞ!オメエすげえよ!この腹筋やろう!マッチョマンめ!」

坪内さんがだんだん訳の分からないことを言い始めた。興奮気味の顔をした山野さんがやって来て、揃ってサブトラックに向かう通路を歩いていると、喜多満男が先輩達の荷物持ちをして待っていた。

「すげーな!」と言った後にも口が動いたが、はっきりとは聞き取れなかった。千歳体育が南ヶ丘に負けたことが悔しいと、声には出さずとも十分伝わってくる目をしていた。


 400mリレーが2日目の最終種目だったので、テントにはみんなが揃っていた。拍手で向かえてくれた。山野紗希が珍しく最初に話し始めた。

「憲輔!コーナーで力みすぎだよ!コーナーの出口で減速しちゃって野田君に追いつけないところだったよ!」

「お前、3位になったんだからまず褒めろよ!」

「野田君が追いついて3位になったんじゃない。野田君のおかげ」

「あらら、いつの間にか野田が気に入られたみたいですねー」

坪内さんがそう言って茶化したとたん、強烈に反撃を受けた。

「航平さんもスタートばっかりじゃなく、後半の持久力も鍛えた方がいいですよ。せっかくの大迫さんの走りがいかせないと思います」

「紗希、お前言い過ぎ!」

「だって、せっかく……」

「紗希ちゃんもうやめなよ」


北田さんが山野紗希の後ろから声をかけた。

「私たちのできなかったことを男子リレーに期待してたからだよね。でも、いいじゃない。立派、立派。今まで3位なんてなったことないんだから。全道大会の旭川まで応援に行こうと思ったよ、私は!」

「でも……」

「紗希ちゃんの高跳びもみんなで応援に行くからね」


「北田さん、明日まだ16継あるじゃないですか!」

山野沙希の熱さはまだ失われていなかった。

「決勝まで行けば全道もあるんだし……」

「四継は紗希ちゃん達が速いけど、16継はムリだよ。4人そろえるのだって難しかったんだから」

山口さんがプログラムをめくりながら何かを計算していたが、バインダーにペンを挟めた後に静かに北田さんに向かった。

「キーちゃん、そんなに悲観すること無いかも。ちょっと期待もてそう」

「なにが?」

「1600mリレー。今、予選の組み合わせとエントリーシートの選手名簿を見てたらね、3着プラス3の予選は通るよ。きっと」


「ミユー、今までうちの16継はずっと『参加することに意義がある』って古くさいオリンピック精神並だったんだよ。予選通ったこと無いんだよ」

北田さんの言葉がやけに自信満々に聞こえた。

「大丈夫、去年の記録と新人戦、春季大会の400mとリレーの記録調べてみてもね、4分10秒で走れば優勝争いできるはず」

「1人63秒平均ですね」

山野沙希が素早く計算して言った。

「そう。今年の記録見ると、他の学校もあんまり伸びてないから、かえってうちの方がチャンスいっぱいあると思うよ」

「63秒か……」

北田さんが頭の中に数字を浸透させているような表情をした。

「北田さん! 私、絶対60秒で戻ってきますから!」

山野紗希が言った。

「え! 60秒」


「そうだね、紗希ちゃんが60秒で走ってくれたら間違いなく決勝いけるよ」

「だけど、誰も400mの専門家いないんだよ」

「どこもそれは同じ。それよりうちは800mランナーが2人になったし、紗希ちゃんは100m12秒台で走る。後は、キーちゃんが得意の粘りを発揮できるかどうかだよ。全道あきらめるどころか、表彰台だってあるかも」

「それは、ミユー、無理すぎるけど、本当に決勝いけそうかな?」

「行けるよ、絶対!!」

「私、健太郎みたいに15秒イーブンでは走れないけど、後ろから追いかけたら、絶対抜くから、わたしがかわせるから、それまでバトンつないで下さい!」


山野紗希の言葉は、さっき兄を攻撃した時以上に力強かった。「兄憲輔に妹紗希の強さがあったら」と、きっと彼らの父親は思ったことがあるに違いない。

「紗希、大丈夫、わたしけっこう400m自信あるよ。春季大会の400mで3位になった塚原さんより、中学の時、私のほうが速かったし、800mの時の400のラップ68秒で行けたから、60秒切るくらいの気持ちで走るよ!」

同じ1年生の中村恵梨香が興奮した顔を見せた。

「4分20秒きれれば絶対決勝行けるから。明日頑張って、もっと盛り上がろうよ!南ヶ丘の女子も結構やるところを見せてやろうよ!」

「秋山先生の清嶺と山鼻、それに国際と瀧田学園が強いけど、4分は切れない。チャンスはいっぱいあるよ。4継より16継の方が気持ちと盛り上がりで勝負できるから」


「すげえなおい、女子会パワーだー。燃えてるよー!」

坪内さんの言葉に山野憲輔が応えた。

「俺たちも1600リレー頑張らないと。な、野田!」

「えっ、僕ですか?」

本当に予想外の振りだった。

「ノダー!」

坪内さんがまたまた喜んだ。

「お前な、1つ言ったら次のこともちゃんと察してくれないとなー!」

この人は、僕の失敗やボケを待ちかねているに違いない。

「野田、いいか。青木がダメだってことは、16継もお前が補欠なんだと言うことで、明日! 予選と準決。わかった?」

「……」


「野田たのむな」

青木さんが左足をつま先だけで支えるような立ち方でやって来た。

「オレの400よりお前の方が強そうだから、かえっていいかもしれない」

「僕の400なんか55秒台ですよ。53秒台で走れる青木さんや山野さんとは違います」

「野田、お前はな、なんか特別なエンジンどっかに持ってるんだわ。タイムだけじゃない、なんか違った力が出る部分があるんだ。絶対そうなんだ。じゃないとお前、さっきのリレーで前にいた2人は抜けないだろう。2人とも11秒1の記録持ってんだぞ。お前の最後の追い込みは山崎といい勝負だよ。400だってきっとやれる」

「野田、大丈夫!16継は他の3人結構強いから、お前は3走で差を詰めてくれれば隠岐川が何とかするから大丈夫。隠岐川は2年生だけど、来年はきっと札幌で1番だから。」


僕は結局八種競技とリレーを二つやることになってしまった。初めての試合だった春季大会の時に感じた「暇な陸上競技」はもう存在しない状況になっていた。


そして、陸上って、個人競技だとは言い切れないってことも……!

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