グレートリセットケンイチのハングレ日記

遠藤

第1話

耳元で吐息を吹きかけるように何度も囁いてくる。

身体をよじってみたところで、自由を奪われた状態ではまったく意味をなさない。

この広い倉庫の中央に置かれた椅子に僕は縄で縛られ、彼から執拗に言葉というナイフで何度も心を突き刺されており、目で捉えることができない痛みは、やがて固く瞑った瞳から赤い血となって流れ落ちていった。彼のどこまでも満たされない欲望は、彼が唯一身に纏っているブーメランパンツの膨らみからも明らかだった。

欲望はいつも虚しいものばかりだけど、いつかその欲望さえも失ってしまえば、もうこの星に戻ることも無いのだろう。



キリストは何故、現代を救わない?

今すぐ現代に現れ皆を正しい道に導いてくれてもいいじゃないか?

偽物の声など聞きたくはないんだ。

偽物がさも神の言葉だと言っているのは全てそいつの欲望だ。

本当にキリストが言ったのか?

本当にブッタは言ったのか?

本当に・・・本当に・・・



耳元で吐息を吹きかけるように何度も囁いてくる。

囁く言葉の間奏に耳たぶを甘噛みされ、その狂おしい愛撫に僕は声を上げないよう、必死に因数分解を脳内で繰り広げるのだった。

この広い倉庫の天井から吊るされた照明が一つだけ点いており、それはまるで宇宙空間の恒星がダークマターに潜んでいた僕を捉え、この世へあぶり出すようであった。

欲望に支配され操られてしまった彼は、最後の希望であったブーメランパンツを脱いでそれを頭から被り、悪魔崇拝の歌「ユキちゃんの数え歌」の一節を口ずさんだ。

さらに、足元に落ちていた洗濯ばさみを彼は一つ拾い上げると、己の左まぶたに近づけ「おい!やめろ。それだけは勘弁してくれ」と見えない誰かに命乞いをする姿を僕にわざわざ見せつけて、より恐怖を深いものにしようとするのだからたまったものではない。

人間を必要とした宇宙とは所詮、人間が創り出したものと言っていいのかもしれない。

いつまでも希望を捨てない人間という感情の塊は、「来世頑張ろう!」とか「このままでは地獄に落ちる」とかいつまで経っても「終わり」を認めたがらない厚かましい存在なのだ。


それなら、なぜ星に寿命が必要だったのか?

なぜこの宇宙に在るもの全ては壊れても失うものが一つも無いのはなぜだ?

なぜ星は回っている?回る必要があったのはなぜだ?


全てが始まった時から全てが在り、今、目に見えている全ては、あの頃から増えてもおらず減ってもいない。

結局は無常ではないじゃないかと君が泣くから、しかたなく変化したように見せているだけ。

変わらないことを望む心は全てマヤカシなのだから。



耳元で吐息を吹きかけるように何度も囁いてくる。

耳元で吐息を吹きかけるように何度も囁いてくる。


それは永遠に・・・





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