愛、或いは呪い

西浦なとり

愛、或いは呪い


「アタシじゃダメだった!」


 酷い声だった。込み上がる血が喉に絡み、身体中を駆け巡って我が物顔で肉体を蝕む痛みに生理的に溢れる涙と鼻水で聞けたもんじゃない。


 それでも、呆けていたアリシアの意識に鞭を入れるのには十分だった。


「ア、イツは、! 不器用で、っ、一つの事しかできなくて! 女のエスコートすらままならないヘタレだけど! そ、! っぐ…ぅ゛、それでも゛!」

「ぁ、も、ダメ、喋っちゃダメ! しんじゃ、死んじゃうよエルさん…っ!」

「黙って聞けぇ゛ッ!」

「ッ!」


 爛々と輝く瞳、一歩先の死に覚悟を決めた女の顔。もはやまともに使い物にならない腕を無理やり動かして、身の丈ほどもある大剣を血を失いすぎて震える身体で構えた女…エルザは怨敵を前に、泣き噦る少女へ吠えた。


「アンタが生きてりゃアイツは絶対に折れたりしない!」

「ぅ、あ! エル、さ、!」

「アタシを当て馬にしたんだ! 生きて帰れ! 寿命で死ね!」

「ヤダ、! いがない゛で!」

「……ぁ゛、ッくそ、……アリシアァ!」


 凛とした立ち姿だった。禍々しい敵を背景に、恐ろしい程傷付いた身体を今だけ、この一瞬だけはまともに見せた。それが、エルザの最後のプライドであり、可愛くて憎らしい少女への未練で、……この世で一番ひどい呪い。


「好きよ、シア。アタシの愛はシアの形だった」

 

 ——ああ! こんな事なら意地なんて張らないで、もっとアンタの、アリシアの名前を呼べばよかった!


 穏やかな笑み。微かに触れた唇の感触。息を呑んだ少女を引っ掴み思いっきり放り投げて戦線離脱させる。


 こちらへ叫ぶ少女の声を聞きながら、エルザは未だ蠢く怨敵へと向き直る。


 グッと踏み込んで、エルザは駆け出した。


 生きて帰れるとは思っていない。勝てるとも思ってない。明日の朝日は拝めない。アイツの強さにはとうとう追いつけず、あの子の笑顔はもう見れない。


 飛び込んで大剣を叩き込むと、むず痒そうに身を捩った怨敵はまるで羽虫を払うように影のような身体を鞭にしてエルザを地へ叩きつける。


 もはや死に体。こびりついた執念だけがエルザを動かしている。


「クソッタレのデカブツ! まだアタシは生きてるぞ!」


 エルザは叫ぶ。身体を持ち上げて、足を踏み込んで、大剣を振り上げて……──


「死ね゛! しんじまえ、! じ、ね、しねしねしねし」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

愛、或いは呪い 西浦なとり @natori_25

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ