第54話

 いつも威張ってて、命令口調で、チレをこき使ってばかりいたハクトが。今、目の前で非常に初心な一面をのぞかせている。

 ――どうして……?

 しかし考えてみれば、この人はまだ実質二十三歳で、三百年以上生きてきたチレから見れば、ものすごく年下の青年なのだ。人生経験もずっと浅く、加えてここにくる前は恋もしたことのない童貞だった。

 もしかしてハクトは、普段は大口叩く俺様を装っているが、一皮剥けばその下には、自分の気持ちを素直に表現できない、純情な一面が隠されているのではないだろうか。

 自分を凝視するルルクル人の責めるような目つきに、ハクトは躊躇う様子を見せていたが、やがてついに根負けしたのか、真一文字に結んでいた口をほんの少しだけひらいた。

「……だよ」

「え?」

 よく聞こえない。

「だから、……お前は、俺にとって、特別なんだよ」

「特別……とは?」

 一体どういう意味で?

「そこは、察しろよ」

「…………」

 チレはハクトより三百年多い人生経験と、その割には乏しい恋愛知識を重ねあわせて考えた。そして、チレにしては鋭い閃きでひとつの結論にたどり着いた。

「つまり、私のことが、好きだと?」

 ハクトの頬がパッと赤くなる。

「ああ。そういうことだ」

 肯定されて、チレの口がポカンとあいた。

「ハクト様が、……私のことを、嫌っているのではなく、何とも思ってないのではなく、特別に、好きだと?」

「そうだよ」

 ハクトは照れ隠しのように、チレの頬肉を両手で摘まんだ。そして外側にむにーっと引っ張る。

「この生意気で口うるさくて世話焼きでチビのハム人間のことが俺は好きで、もう一度、どうしても会いたくて、だからこの世界を必死で探して戻ってきたんだっ。わかったか、クソっ」

 やけくそな口調で告白するのは、恥ずかしがっているせいなのか、ハクトは耳まで赤くなっていた。

「ファフフォさま」

 チレは口の端から空気をもらしながら答えた。

「私もれふ。私も、あなふぁのことが好きれふ。ずっと、ずっと、好きでしふぁ」

「何言ってんだかわかんねえよ」

 ハクトがチレの顔から手を離して、ぎゅっと抱きしめてきた。

「バカチレ。俺にこんな恥ずかしいこと言わせやがってっ」

「ハクト様」

「誰かに告るなんて、生まれて初めてだぞ」

「私もです」

 チレも手を回して、相手に抱きついた。

「ハクト様のことが大好きです。ものすごく、とっても、誰よりも、大好きです」

「だから俺のこと、待ってたのか。五十年も」

「はいそうです」

「そっか。だったら早く言えよ。焦らしやがって」

「ハクト様こそ。素直に言えばいいのに」

「まったく意地の悪いもふもふめ」

「意地が悪いのはハクト様ですよ」

「でも好きなんだろ?」

 言われて、チレは胸がキュンとなった。

「……そうです」

 最後は正直に認める。

「俺もだよ」

 それにハクトも明るい笑い声で返してきた。

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