第53話
ハクトがチレを掴んで押さえこむ。
この人、どういうつもりでこんなにしつこく聞いてくるんだろう。
「はっきり言えよ。俺に対する気持ちって何だ」
「嫌です言いません」
「はあ? この期に及んで強情かよ。言え」
「絶対言いません」
「言えよ」
「ヤです」
むううっと睨みあい、お互い頬をふくらませる。
「お前、割と性格が悪いな。焦らすなんて」
「性格の悪さはハクト様の方が上手でしょう。なんで聞きたがるんですか。聞いてまたからかうんですか」
「からかうわけないだろ。てかなんでそういう思考になる。こっちがせっかくいい雰囲気作ろうとしてんのに」
「いい雰囲気?」
これが?
「では聞きますが、ハクト様はそれを聞いてどうなさるおつもりなのですか。私の告白など聞いたって迷惑なだけでしょうに」
「迷惑?」
ハクトが眉根をよせる。
「なんで」
「だってハクト様は、私のことなんか何とも思ってなくて、……だからただのハム人間である私の想いなんて……。言えば、またいい気になるな、と叱られてしまうだろうし……」
最後はモゴモゴと呟くだけになったチレの告白に、ハクトは唖然となった。
しばし何か考えるようにしていたが、突然「あ」と小さくもらす。
「もしかして、あのときのことか?」
思いあたる節を探りあてたという顔になって声をあげた。
「俺が、お前とヤッた日、お前を追い出すために言った言葉のことだな」
やっと思い出したのかと、チレの方はいささか拗ねた目で相手を見返した。
「あれか……」
合点がいったというようにうなずく。
「チレ、あれはだな、違うんだよ。あれはお前をジェルヴェのところにいかせるために、わざとひどい台詞をぶつけたんだ」
「えッ?」
チレは目を丸くした。
「お前にあいつの正体を見せるために」
「ど、どういうことですか」
ハクトが驚くチレを抱え直す。
「お前の身体に魔法をかけただろ。あいつの身体に触れたら心が読めるようにと」
「ええ。そのようでした。けど、なぜそんなことを」
「お前が、あいつのことをあんまり褒め称えるもんだから、ムカついてさ」
「……」
チレの目はさらに丸くなった。
「わざわざそんな回りくどい真似をしなくても、私に相談して下さればよかったじゃありませんか」
「じゃあ、言って、お前は俺の言葉を信じたか?」
それには返す言葉がない。確かに、あのときハクトにジェルヴェの悪口を言われて、チレは冷静ではなくなっていた。
「だったら、ハクト様は、あのときはもう、ジェルヴェ様の正体を見極めていらっしゃったのですか」
「いや。俺も黒い気配は感じ取っていたが、奴が具体的に何を計画しているのかまでは読めていなかった」
「では、それを明らかにするために、私を利用したのですね」
「ついでに奴の正体をお前に教えた」
チレはハクトのやり方に納得がいかなくて、頬をぷくっと膨らませた。チレを利用するために、あんな暴言を吐いたなんて。
「ハクト様はやっぱり意地悪です……」
「けどおかげで、真実がわかっただろ。それともまだジェルヴェが好きなのかよ。だから俺に本心を隠すのか」
「ジェルヴェ様には、最初から恋心などありませんでした」
「じゃあ、お前の好きなのは? 誰?」
余裕の表情に戻ったハクトに、チレはやられっぱなしなのが悔しくなった。こちらばかりが振り回されて泣かされたり喜ばされたりして、不公平だ。
「それなら、私からもお聞きします。それに答えて下さったら、私も本心を明らかにします」
顎をあげて強気に出る。
「うん?」
チレの真剣な眼差しに、ハクトが首を傾げた。
「そうでなければ、一生誰にも言いません」
意地を見せるチレに珍しくハクトの方が譲る。
「わかった。いいだろう」
まだ余裕を浮かべる相手に、チレはたずねた。
「あのとき、私にぶつけた暴言は、本心だったのですか?」
「ええ?」
ハクトが大きく首を振って否定する。
「――まさか。そんなわけないだろ」
「では、あなた様にとって、私は一体、どういう存在なんでしょうか」
「えっ」
ハクトは黒い瞳を大きく見はり、それからわずかに焦った様子を見せ始めた。
「…………それは」
なぜか視線をさまよわせる。
「教えて下さいませ」
チレは身を乗り出した。ここで聞かねばもう一生教えてもらえない気がして、はぐらかされてたまるものかと相手に詰めよる。じっとりと睨みあげれば、ハクトの方が圧されたようにかるく仰け反った。
「お前、そんなこと、俺に言わせるのかよ」
「そうです。言ってください」
ただの世話役なのか。それともチレの魔力をたよりにこの世界に戻ってきたのは、何か他の理由があるのか。
ハクトの目元が赤くなる。眉根をよせて口をとがらせ、まるで何かとてつもなく恥ずかしいことをしてみせろと命令された純情な少年のように、困惑した顔つきになる。
――え?
チレは目を瞬かせた。
なぜ、そんな顔を?
この人のこんな表情は見たことがない。
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