祝宴
第51話
ひとしきり抱きあって再会を喜んだ後、ハクトは船で島から召喚神殿に戻った。
「飛んでいきますか?」
とチレは聞いたのだが、「いや。さすがに疲れてるから船で運んでもらうわ」という答えだったので、巡回船に乗りこんで帰殿した。
その船の中で甲板に並んで座り、穴に落ちてからの事情を話してもらった。
「俺はジェルヴェを連れて穴に飛びこんだ後、闇の回廊をできるだけ遠くまで飛んでいったんだ。俺の力であいつを倒すのは難しいと判断したから、最後の力を振り絞って、あいつをこの世界から切り離そうと思ってさ。穴もそのときに魔力でとじた」
月明かりのもと、そう言うハクトの姿はひどくやつれて見えた。
「ジェルヴェは抵抗して、俺を殺そうとした。だから、最後の最後に、身体を大砲に変えて、あいつを撃ち出した。それであの野郎は無限の彼方まで飛んでった」
「そうだったのですか」
「多分、生きてると思うが、ここに戻ってくることはないだろう。回廊には数え切れないほどの風船が存在するから、探し出すのはまず不可能だろうな」
そう言うハクトの黒髪を、風がさらりと揺らす。
「では、ハクト様はどうして戻ってこられたのですか」
無限にある世界から、なぜここが見つけられたのか。
それにハクトがフッと笑う。
「目印があったから」
「目印?」
うなずいて、チレに目を移した。
「お前の中に、俺の魔力が残ってただろう」
「……ぁ」
「それを頼りに、無数の風船を探して回った。ひとつずつ、近づいてお前の気配を確認してまわった」
確かに、自分の中には、ほんの少しだけ魔力が残されている。ふたりが抱きあった夜、彼が自分の中に注いだものが。
「そんな……ことが」
あの日の絆が、ハクトをここへ呼び戻した。その事実に、胸が熱くなる。
「長くかかったな。お前が生きてる間にもどれてよかったよ」
「五十年かかりました。けど、ハクト様は歳を取っておられません。それはどうしてなのですか」
「ああ。闇の回廊では、時間は流れずとまったままだったんだ。とまってるというか、時間が存在しない、と言ったほうがいいか」
「そうだったんですか」
話しているうちに、船が陸地に近づく。
詳しい事情はあとでゆっくりということで、上陸したらまず宴たけなわの神殿広間に向かった。
「聖女様⁉」
泥だらけでくたびれた背広姿のハクトが、前触れもなく入り口に現れると、場が騒然となる。いきなり戻ってきた聖女に、皆はビックリ仰天して大騒ぎになった。
「本物ですか⁉」
「誰か新たに異世界人を召喚したのか⁉」
「いや、このお方は……」
手にした杯を床に落とした老神官長が前に進み出る。
「ハクト様じゃ……、本物の……」
小さな目を大きくみはり、驚きにぷるぷる震え出した。
「何という……奇跡……信じられん……。最後の聖女様の、お戻りじゃ……」
神官長はそのまま卒倒して後ろに倒れた。
「神官長様!」
「大丈夫ですか!」
近くにいた者が慌ててそれを支える。老体は白目で泡を吹いていた。
「やべ。ショックで死んだか」
ハクトが呟く。チレも唖然となった。
しかし介抱された神官長は、すぐに意識を取り戻した。
「大丈夫じゃ、生きておる」
そしてハクトに向かって、恭しく跪く。
「無事のご帰還、おめでとうございます、聖女様。我らルルクル人一同、心からお喜び申し上げます……」
そう告げると、周囲からも感嘆と喜びの声がわきあがった。
「おおっ、聖女様!」
「聖女の帰還だ! めでたいぞ!」
「ハクト様! 万歳! 万歳!」
ハクトを囲んで祝いの大合唱となり、そのまま大きな異世界人を担ぎあげる勢いで正面の壇上へと引っ張っていき、木製の立派な椅子に座らせた。
杯が渡され、酒がなみなみと注がれる。
「……いや、酒よりも、腹減ってるんで食事したいんだけどさ。あと、先に風呂も入らせてもらえるかな……」
小声の懇願は聞き流され、飲めや歌えの大騒ぎが始まった。
「やれやれ」
椅子に深く腰かけて、ハクトが苦笑する。
チレはお腹を空かせた彼のために、近くのテーブルへ料理を取りに走った。
皿にたくさんのパンや野菜をのせながら、もう一度聖女のお世話ができるようになった幸せを噛みしめる。うれし涙がとまらなくて、クシクシと手で拭って皿を大盛りにした。
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