第40話
横顔で皮肉に笑う。
「そうしたら、俺は引退するか」
引退、という言葉にチレの心がスウッと冷たくなった。
「まあいいさ。俺だってなりたくて聖女になったわけじゃねえし。これですっぱりお役御免だ。解放されてせいせいするわ。どうせ嫌々やってた仕事だ」
「嫌々だったんですね」
やはりそうだったのか。近ごろは魔物退治にも積極的になっていたから、この世界に馴染んでくれているとばかり思っていたのに。
「……じゃあ、これ以上、聖女の務めをハクト様に強要することは、できませんね」
「ああな」
気のない返事がこぼされる。
「あいつが聖女になったら、俺は一切の仕事から手を引く。……けど、俺はもう元の世界にも戻れず、ここでハム人間に囲まれて、老いて死ぬまで暮らすことになるんだろう。夢も希望もなく。だったらあいつみたいに、いっそ穴に飛びこんですべてを終わりにしてやろうかって気になるな。ジェルヴェがあんなことをした気持ちも少しは理解できるわ」
「……ジェルヴェ様はそんな気持ちで、穴に入ったわけではありません」
「どうかな。人の気持ちなんて、他人にはわからんもんだろ」
「ジェルヴェ様は、ハクト様と違います」
「どう違うってんだよ。はっきり言えんのかよ。あいつの考えを」
「わからないけど、きっとそうです」
ジェルヴェは正義感にあふれ、自己犠牲の精神で穴に向かったのだ。
「だったら俺の考えもあててみろよ」
「えっ」
「俺が何を考えてて、それにお前がどう思ってるのか、答えてみろよ」
「……ええ?」
質問の意図が理解できず戸惑う。
「答えられねえのか」
「…………」
「バカチレ」
「どうして」
チレも意地になってきた。
「どうして、いつも、私のことをバカって言うんですか。だいたい、そんなわけのわからない問いに答えられるはずないじゃないですか」
言い返せば、腹立たしさに拍車がかかる。
「私だって、聖女様ほど優秀じゃないですけど、自分なりに色々、考えて生きてるんですよ。なのにひどいじゃないですか、バカバカって」
「バカだからバカって言ってんだよ」
「バカじゃないです。ジェルヴェ様は、不器用だけれど、素直で勤勉だと褒めて下さいました」
「褒められていい気になってるのがバカだってんだ」
「いい気になったっていいじゃないですか。ハクト様には一度だって褒められたことなんかないんですからっ」
チレの目に涙がにじんだ。
「ハクト様はいつも、私のことをいじめて、こき使って、……ときには優しいけど、全体的には意地悪で、意味不明なことを言って不機嫌になって、八つあたりばっかりしてっ」
涙が風に飛ばされ、ひげがブルブル震える。
「そんなに私のことが気に入らないのなら、解任してもらって構わないです。他の世話役をお付けください。もっとお利口なルルクル人を指名していただきたいですっ」
売り言葉に買い言葉で、思ってもいない台詞が口を突いて出た。
「それでお前は、ジェルヴェを選ぶんだな」
「えっ」
「俺から離れて、ジェルヴェんとこいくんだ」
その言い草はまるで、チレがハクトを捨てて、ジェルヴェのところへいくみたいに聞こえてしまう。チレは困惑した。
「…………」
「いいだろう」
ハクトがこちらに歩いてくる。その様子からいつにない怒気が感じられて、チレは後ずさった。
「好きにしろ。――けど、だったらまず、俺に魔力を返してからだ」
いきなりの冷たい命令に、チレの涙がとまる。
「どういうことですか」
「そういうことだよ」
言うなり、ハクトはチレの腕を乱暴に掴んだ。
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