第36話

 挑戦的に返すジェルヴェに、ハクトが片眉をあげる。

「あなたは、必要ないですよ」

 落ち着いた物腰だったが、ジェルヴェは明らかに気分を害した口調で言った。

 こんなときに、まだ病床のジェルヴェに喧嘩を売るような真似をするなんて。チレはハクトに強い憤りを感じた。いつも自分のやりたいようにする人だけれど、これはひどい。

 ふたりの間に不穏な空気が生じたのを見て神官長が割って入った。

「まあまあ、お二方とも落ち着いてくだされ。これからのことはゆっくり話しあって決めればよろしいではないですか。今はジェルヴェ様の体力回復と祝宴の予定が最優先ですじゃ」

 間を取りなすようになだめ、その場をおさめる。

「ジェルヴェ様、どうぞお休みになってください。何かお飲み物でもお持ちします」

 チレはジェルヴェを労りながら上がけを引きよせた。

「ありがとう、チレ」

 ジェルヴェが笑みを浮かべてベッドに横たわる。

 客間を出た後、チレはいつもの従順さを忘れてハクトに文句を言った。

「あんな言い方をなさらなくてもいいじゃないですか。ジェルヴェ様はまだ弱った身体でいらっしゃるのに。しかも必要ないとかひどい言葉を投げつけるなんて」

「必要ないって言ったのは、あいつのほうだぞ」

 ハクトもまた機嫌悪く返した。

「だいたい俺はどうするかって聞いただけなのに、それに因縁つけてきたのは向こうじゃねえか」

「ハクト様の言葉使いが乱暴だったんですよ」

「あいつのほうが性格悪そうな返し方してきただろ」

「ジェルヴェ様が性格悪いなどと!」

 チレの怒りが限界を越えた。

「あのお方はすばらしい方ですよ。ジェルヴェ様はこの世界を、ルルクル人を救うため、御身を投げ打って穴を塞ごうとなさったんですから。未来永劫、聖女が必要なくなるようにと、自分が諸悪の根源を封印すると仰って、穴に飛びこんでいかれたのです! そんな崇高なお方のことを、性格が悪いだなんてひどすぎます!」

「あいつはそんな大言壮語を吐いてたのか。本人は忘れてたようだがな。てか、それで成功してりゃ俺はこなくてすんだのに、結果的には無駄な努力だったわけじゃん」

 肩をすくめて薄く笑う。

「そんな言い草なさらないでください! いくらハクト様でも許せません。どうしてそんなにジェルヴェ様を嫌うのですか。同じ聖女同士なのに」

 チレは目に涙をにじませた。

「ハクト様は意地悪すぎます」

「ああそうかよ」

 頭上でハクトが気のない返事をする。

「ジェルヴェ様はハクト様とは違うんです。心の清いお方なんです」

「そうですか。そりゃ知りませんでした。どうせ俺はこんなですよ。悪かったな」

「またそんな露悪的な言い方を」

 チレが不満もあらわに返すと、ハクトはそれ以上は話をしたくなくなったのか、「もういいや」と言い残して、ひとりで反対方向にスタスタ歩いていってしまった。

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