不可解なハクト
第34話
ハクトは自分の部屋に戻ってからも、ずっと沈黙したままで、寝間着に着がえて早々にベッドに潜りこんだ。
その世話をしながら、チレもジェルヴェのことが気になって心ここにあらずの状態になっていた。
「ではお休みなさいませ」
控え室にいく前に、もう一度ジェルヴェの顔を見にいってみようかと考えながら就寝の挨拶をする。
「チレ」
そんなチレをハクトが引きとめた。
「はい? 何でしょう」
ベッドの飾り板に上体を預けてこちらを眺める相手に問い返す。
「ちょっとこっちこい」
「はい」
チレはトコトコと歩いていき、枕元に立った。するとハクトはチレを抱えあげ、自分と向きあうようにストンと座らせた。
「……?」
キスをするのかなと、期待に胸が少し弾んでしまう。被毛の下の地肌を粟立たせたチレに、しかし伸びてきた両手は頬をムニッとつまんだだけだった。
「え?」
横にびろーんと引っぱられて、頬肉がみっともなく広がる。ハクトはひどく真面目な顔で、チレの頬をグニグニと揉んだ。
「…………」
一体何をしているのだろう。キスをするのではないのだろうか。疑問符を頭に浮かべたチレに構わず、ハクトは何か思案する様子で、一心に頬肉を揉みしだいた。
「……ハクト様?」
痛くはない。むしろ気持ちいい。けれど意味がわからず戸惑いの声をあげる。それに相手は何というか、不機嫌というか気難しいというか、悩みを抱えたような複雑な表情で呟いた。
「今日は俺と寝ろ」
「はい?」
チレが目を瞬かせる。
「なぜでございましょう」
「もふもふしたい」
「もふもふ……」
「その毛玉の塊みたいな身体を思いっきりワシワシしてグリグリしてハフハフして寝たい」
「……」
卑猥なことを言っているわけではないようだが、胸が羞恥にむず痒くなった。しかしどうして急にそんなことを?
困惑しつつ相手を見ると、ハクトは据わった目でチレの全身を眺めていた。
「……わかりました」
聖女の命令とあれば、聞かないわけにはいかない。いささかの恥ずかしさを感じながら上がけの中に入ると、ハクトがチレを抱きしめた。そうして被毛に覆われたやわらかな胸や腹に、顔をくっつける。
「ぁ……ハクト様」
くすぐったくて、思わず声が出てしまう。けれどハクトはそんなチレに構わず、鼻面をこすりつけたり両手で脇腹をかきまぜたりした。まるでじゃれているというか、甘えをぶつけているかのようだ。
「んぁ……ふぁ……ぁ……」
声を出さないようにするのが精一杯だった。しかしハクトがそうしたいのなら、この身を差し出すのは全然嫌じゃない。どうぞ私の被毛で気持ちよくなってくださいね、という奉仕の心で相手を包みこむ。
やがてハクトは飽きるまでチレの身体を堪能した後、じっと動かなくなった。また何か考え事を始めたらしい。チレはその邪魔をしないよう静止していた。そのうち、穏やかな寝息が聞こえてくる。やっと満足して眠りに落ちたようだ。スウスウという静かな呼吸に一息つく。
自分を抱きしめる長い腕をそおっとほどいてベッドを出ると、チレは音を立てないように寝室を後にした。
その足で、ジェルヴェの部屋へと向かった。
ジェルヴェはベッドでぐっすりと眠っていた。傍らについている医師に断りを入れ、寝顔を確認する。顔色はよくないし、やつれてはいるが生気は感じられた。
「……ジェルヴェ様」
邪魔をしないように部屋のすみに腰かけて、チレは朝までジェルヴェの寝姿を見守った。
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