第32話
息せき切って走ってくるのは、救世軍の兵士だった。
「魔物があらわれました!」
ハクトとチレを見つけると大声で叫ぶ。
「何だって?」
「先刻倒したばかりなのに、またですか」
ふたりの前にやってきた兵士は、ハァハァと荒く息を継ぎながら報告した。
「非常に巨大な魔物です。今まで見たこともないほど。そいつが一匹、穴から出現しました」
チレとハクトが顔を見あわせる。そのとき、海の向こうから怖ろしげな鳴き声が聞こえてきた。「ギェエエエエィ」と響く金属的な叫喚はまさしく魔物のものだ。
「あれです」
兵士が指差した先には黒い影が見えていた。いつもの十倍はあろうかという塊は、空をゆっくり陸地に移動している。
「チレ」
「はい」
ハクトのかけ声に、チレが応える。同時にチレがサッと両手を差し出す。ハクトは間髪あけずにチレを抱きあげた。
「いくぞ」
「はいっ」
ハクトはチレを胸に抱いて、空へと舞いあがった。そのまま真っ直ぐ魔物の元へと向かう。ふたりで風を切って飛びつつ、迫りくる魔物を確認した。
「大きいです、ハクト様」
敵はどす黒い身体をうねらせて飛んでいる。頭からは触手のような管が複数伸びて、その先に目玉がついているという異様な風体だ。口は大きく裂けて、足や翼は何本あるかわからなかった。時折、吼えながら真っ黒な煙を吐いている。
「ああ、だが俺たちの敵じゃない。いけるか、チレ」
「はい。大丈夫です」
「よし、じゃあ、飛べ!」
という命令とともに、チレは空高く放り出された。
「今日は、グレートサンダーバジリスクに変身だ!」
「ンギャアアアヴァヴァヴァヴァ」
自分のものとは思えないダミ声と共に、いつもの十倍はある大きな躯体に変えられる。鳥と爬虫類が混ざったような姿は魔物に負けないくらいおどろおどろしかった。
チレは翼を広げて、敵を威嚇した。それに相手も負けずに吼え返してくる。互いにこの世の生き物とは思えない姿と声で牽制しあい、ついには向こうから攻撃をしかけてきた。炎混じりの黒煙が、ゴオオオオゥッとものすごい速さで吐き出される。
「避けろ、チレ!」
ハクトの命令に操られるように身体がギュウンと持ちあがり、敵の攻撃を回避する。同時に攻めの体勢に身体が勝手に移行した。
「アイスサンダークラッシュ!」
「ギュウワアアァァッ!」
晴れた空から雷が落ちてきて、それが魔物の頭にヒットする。すると巨体がみるまに凍っていった。氷になった魔物は動くことができなくなり情けない悲鳴をあげた。そこに、チレの頭突きがお見舞いされた。
「ギャオンッ、キュウウァッァァァ……」
魔物が断末魔をあげ、突かれた場所からひび割れを生じさせる。ひびはピシピシと音を立て、全身に広がっていった。
「やったか……?」
チレとハクトの眼前で、巨体は足元から崩れ始めた。少しずつ細かな欠片となって、はらはらと海へ落ちていく。
「やりましたね」
「そのようだな」
崩壊していく魔物を見届けていると、やがて巨体の心臓付近から、大きな卵のような物体が出現した。
「……あれは」
卵は表面を玉虫色に光らせていた。きらきらと輝くそれは、欠片と一緒に海にドボンと落ちると、しばらくして海面に浮かんできた。
「なんでしょう?」
チレはハクトに問いかけた。あんなものを見るのは初めてだ。
「わからん。魔物の卵か」
「けれど、それにしてはきれいですね」
不思議な物体は、波に揺られてぷかぷかと浮いていた。ハクトが近くを進航していた軍用船に、卵を陸に引き揚げるよう命令する。異世界人がふたり丸まったほどの大きさの卵は、網で包まれて小舟で引かれ、そのまま砂浜へと運ばれた。
「これを一体どうなさるのですか」
浜に揚げられた卵を、ハクトとチレ、そして救世軍の兵士らが見おろす。
「何かわからんから、調べてみる」
ハクトがチレの疑問に答えた。
「魔物の心臓か、それともこれから新たな魔物が生まれてくるのか、もっと別の何かか」
「気味が悪いです。埋めてしまいましょうよ。魔物から生まれたものなんて、どうせ碌なものじゃないですよ」
震えるチレに、皆が同意する。
「別に怖がるほどのもんでもないさ」
ハクトがしゃがんで、卵をコンコンと叩いた。
「やめてください。割れたらどうするんですか」
「魔物が出たって、また退治すればいいじゃん。てか、中に何か入ってるみたいだぞ」
ハクトは兵士から剣を受け取ると、切っ先でカンカン叩いた。すると、ピシッと音がして、卵にひびが入る。
「ハクト様!」
皆が怖れて後ずさった。ハクトもちょっと驚いた顔で「お」と声をあげる。
ひび割れはあっという間に広がって、そこから殻が真っぷたつにパカリと割れた。
「これは……」
中からあらわれたものに、全員が息を呑む。
卵の中に横たわっていたのは、ひとりの、異世界人だった。
「おお……」
その場の全員が、驚愕に言葉をなくす。
異世界人は胎児のように身体を丸めていた。目はとじられ、眠っているのか死んでいるのかわからない様子だ。
その姿は、よく見知ったもので――。
「ジェルヴェ様……」
チレは一歩踏み出して、声をわななかせた。
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