幸せなピクニック

第27話

「聖女様のご機嫌が、ここのところ麗しくなさそうであるな」

 神官長の言葉に、チレがうなずく。

「はい。王都から戻って以来、なぜか、すこし塞ぎこんでおられるご様子です」

 神官長の執務室で、ふたりだけで話をした。

「魔物退治は変わりなくきちんとこなして下さっているが、このまま気鬱で身体を壊されるようなことがあってはいけない」

「そうでございますね」

 チレはうなずいた。

「過去にも、気鬱を患われた聖女様がいらっしゃったが、あのときはどのように対処したであろうな」

「たしか、気晴らしをいくつかご用意いたしました」

「ふむ。では、そのように。方法はそなたに任せよう」

「わかりました」

 いつものように丸投げにされて、チレは挨拶をして執務室を出た。

 回廊をトコトコ歩きながら、何かいい案がないかと考える。

「楽しくなるような、明るい雰囲気の、のんびりゆったりできる催しものがあればいいかな……」

 見あげれば、鳥が空高く飛んでいた。晴れた空は雲ひとつなく風は心地いい。季節は初夏。今が一番爽やかな時期である。

「そうだ、草原にお弁当を持って遠出しよう」

 召喚神殿から少し内陸にいけば、そこは地平線まで続く広大な草原になっていた。見晴らしもいいし、野生の動物に会うこともできる。きっと楽しくすごせるだろう。

「ここ最近は、魔物の発生も減ってきているから、日を選べば一日遊べるかも」

 チレは自分の思いつきに嬉しくなって、その場でピョンと跳びはねた。

 すぐにハクトの部屋にいき、動かなくなったすまほをぼんやりと弄っていた彼に提案する。

「ハクト様、よかったら今度、草原にお出かけしませんか?」

 いきなり誘いをかけられたハクトは、不思議そうな顔でチレを見た。

「草原に? なんで?」

「気候がいいからです。この時期のお出かけは楽しいですよ。お弁当を持って遠出しましょう」

「え? 俺はいい。めんどい」

 長椅子で横になっていたハクトは、いつも通り面倒臭そうに断りを入れてきた。

「そんなこと言わないで、いきましょうよ。草原の真ん中でゴロゴロするのは楽しいですよ」

「ゴロゴロはここでもできるし」

「ここと全然ちがうんですよ。青空の下で、花や草の匂いをかぎながら、鳥を見てお昼寝するんです。最高ですから」

「えー……」

「面倒なら、私がドラゴンに変身して乗せていきますよ」

「え?」

 顔をこちらに向けてくる。

「マジで?」

 俄然興味を示してガバリと上体を起こす。チレは嬉しくなった。

「はい。何でも、お望みの生き物に変身させて下さい。ハクト様をお運びいたします」

「そっか。そうだな、お前に乗ることは考えてなかった。変身させれば乗りこなせるんだよな。よし、じゃあ、いってみるか」

「はい!」

 大喜びで手をあわせるチレに対し、ハクトはハクトで何やら楽しそうに目を輝かせた。

 そして数日後、よく晴れた日の朝、ハクトはお弁当が入った袋を背負って中庭に立ち、チレに命令した。

「ゴールデンヒュドラ、召喚!」

「ギャオオオオンンンッ」

 ハクトの命令に反応して、チレの身体が巨大化する。今日の変化は何と、頭が九つある怖ろしいドラゴンだった。巨体は金色で、短い手足には鋭い鉤爪がついている。

「……何か、いつもより、すごい気がするんですけど」

「恰好いいだろ」

 異世界人のセンスはルルクル人には理解しがたい。チレは九つの頭をウロウロさせて、真ん中のひとつに意識を集中した。でないと目が回りそうだ。

 金ぴかに光る翼の間には、ちゃんと鞍が装備されている。ハクトはそこに飛び乗ると、「出発!」と威勢よくかけ声をかけた。

 まあハクトが楽しいならそれでいいかとチレも元気よく翼を広げて飛び立った。あっという間に神殿が小さくなり、雲が近くなる。ドラゴン・チレは海を背にして、陸地方面を目指し、風を切って進んだ。

「うわぁ、なかなか気持ちいいなこれは」

 背中でハクトが楽しそうに言う。

「ドラゴンの背に乗って、一度でいいから飛んでみたかったんだよな。すげぇ、ゲームの世界に入ったみたいだ」

 チレはハクトを楽しませようと、大きく上昇したり、ゆるいきりもみで下降したりした。その度に「おおおおおっ」と歓声があがる。

 目の前には緑輝く草原が地平線まで続いていた。若葉が濃淡の波を描きながら、美しくたなびいている。所々に巨木や灌木も見えた。小さな池も遠くに望める。野生動物がチレの姿に驚いて駆けていくのも確認できた。

「広いな」

 感慨深げにハクトが呟く。その声が明るくなっているのにチレは安心した。きてよかった。きっと楽しい一日になる。

 草原をどんどん進み、池の水面すれすれを飛行して、水しぶきをあげて遊んだり、平原を駆ける大きな動物の群れと並走してみたりと、ハクトを楽しませるためできる限りのことをする。 

 やがて昼時になったので、大木の近くに着地した。太い枝を四方に伸ばした木は、気持ちよさそうな木陰を周りに作っている。その一角に弁当を広げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る