しなくなる
第26話
王城での祝賀行事は非常に豪奢なもので、ハクトはどこへいっても大きな歓迎を受けた。王都大通りのパレード、連日の晩餐会、その他多くの楽しい催し。
それがすんだのは四日後で、ハクトとチレは名残惜しそうにする王都の市民や王侯貴族に見送られて城を後にした。
「さようなら、聖女様」
「またいつかおいでくださいまし」
手を振る人々に、こちらも手を振り返して帰路につく。
きたときと同じように三日かけて大陸の端にある召喚神殿に帰還した。
「お疲れ様でございました~」
と出迎えてくれた神官らに労われて、翌日からまた日常の生活に戻った。
しかし、ハクトは王都にいったときから少し様子が変になった。何となく、以前と違ってもの静かになったのだ。
ときおりぼんやりと窓辺にもたれて海を眺めたり、夕刻誰もいない海岸をひとりとぼとぼと散歩したり。その姿はどこか愁いを帯びていて、見守るチレを心配させた。
そして何より変わったのは、夜のキスをもうしないと決めたことだった。
王都から帰ってきた夜、チレはいつものようにハクトの寝室を訪問した。城にいる間はキスをしていなかったので、ちょっどドキドキしながら入室すると、ベッドに腰かけた相手がこう言った。
「もう、お前とはキスしない」
「え?」
驚くチレに、ハクトは素っ気ない態度で上がけの中に入っていった。
「したくなくなった」
とだけ告げて、もうこちらを見ようともしない。
「……そうでございますか」
チレは仕方なく寝室を後にした。
控え室に戻り、自分のベッドにぽすんと腰をおろし、消沈した心を持て余す。
ハクトがしないと言うのなら、世話役はそれに従えばいいだけだ。別に、魔力の移動が目的のキスだったのだから、本人がしないというのなら、こちらだって納得のはずだ。
なのにどうしてこんなにも気持ちが沈むのだろう。キスしてもらえなくなったことが、悲しくてたまらない。なぜしてくれないのか? と理由を探ってしまう。
いきなりの心変わりの原因は一体何なのか。チレが何か不手際をしたのか、それともチレのことを嫌いになったのか。
「……嫌われること、したっけな……」
思いあたる節はない。唯一心あたりがあるのは、聖女の廟にいったときのことだ。あのとき、チレはハクトに歳を取らないことを告げた。その後からハクトの態度が変わった気がする。
「けれど、私が歳を取らないことが、どうしてハクト様の機嫌を損ねるんだろう。自分もそうなりたかったのかな」
しかしこればかりはどうしようもならないことなのだ。それは彼だってよくわかっているだろう。
では、他に理由があるのか? 考えてもよくわからない。
「わけを教えて欲しいけど、……聞けないや……」
聞く勇気がなかった。ハクトはとっても扱いづらい人で、聞いても素直に教えてもらえるかどうかわからない。
チレはしおしおとなりながらベッドに潜りこみ、いつかハクトの機嫌のいいときに、それとなくたずねてみようと考えて、さざめく心を落ち着かせて眠りについた。
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