聖女の廟

第24話

 侍従に案内されて、チレとハクトは主塔三階にある客間に通された。四間に渡る広い居室は、調度品は最高級のものが取り揃えられ、贅沢極まりない造りになっている。

 そこをハクトは珍しげに眺め回した。

「すげーな。こんないい品も、この世界にはあったんだな」

 神殿でもハクトの部屋は上等な部類だったが、ここは比較にならない豪華さだ。

「どうぞ、お疲れなら寝室でお休みください。これからは身の回りの世話はハクト様専任の侍従がしてくださいますから。私は勝手にさがらせていただきますね」

 さっきのことが頭に引っかかっていたせいか、少しだけ言い方がつっけんどんになった。

「何? お前と別行動?」

「用事があればお呼びください。あとはどうぞ自由行動で。ああそう言えば、姫様方が、ハクト様とお話ししたいと仰ってましたよ」

「姫様って、さっきのハムちゃんズ?」

「ええ。美しい方ばかりでしたねえ」

 厭味っぽい言い方が抑えられない。

「美しい? へえ。お前、そういうのわかるの?」

「わかりますよ。そりゃあ」

 若くて美人ばかりだった。

「まじか。俺には全部同じ顔に見えたけどな」

「…………」

 心の中で、ついニッコリしてしまうチレだった。

「では、ごゆっくりお休みください。私はちょっとでかけて参りますので」

 一礼してさがろうとしたら、ハクトが聞いてくる。

「どこいくんだよ?」

「聖女の廟でございます」

「聖女のビョウ?」

 首を傾げたハクトに説明した。

「ええ。代々の聖女様を祀ってある場所です。王城を訪れたときは、必ず参拝しますので」

「そこって、何かあんの?」

「聖女様に関するものが色々と飾ってあったりします」

「じゃあ俺もいく」

「え?」

 疲れたので休むのではなかったのか。

「見てみたい。ここから遠い?」

「いいえ。城内の一画にございます」

「ならすぐじゃん。連れてって」

「わかりました」

 疲れよりも興味が勝ったのか、ハクトはチレに先立って歩き出した。

 階段をおりて広い中庭を抜け、城郭内にある白亜の美しい塔に向かう。天に向かって高く聳える細長い建物は、石壁に精緻な彫刻が刻まれ、周囲には色とりどりの花が植えられていた。入り口にもたくさんの花瓶に花が活けられ、香が焚かれている。きれいに手入れされているが、人気はなかった。

「ここが、聖女の廟です」

「へえ」

 両びらきの扉をくぐり中に入ると、天井の高い大広間があり、正面には大きな祭壇が設けられていた。祭壇にも花が飾られ、香が細い煙をあげている。

「ここは聖女に祈りを捧げる場所です」

「ふーん」

 チレは香立に香木を足してから、跪いて祈りを捧げた。その間、ハクトは物珍しそうに周囲を眺めていた。

 祈りが終わると、一緒に隣の広間に移動する。そこには歴代聖女の肖像画が飾られていた。

 チレの背丈の二倍はあろうかという大きな絵画が十四枚、部屋をぐるりと囲むように、三方の壁にかけれらている。そのひとつひとつを懐かしく眺めた。ハクトも神妙な面持ちで絵を見つめた。

「なんか、美女ばっかだな」

「歴代聖女様は、画家に色々と注文をつけてご本人とはいささか異なる容姿になさいましたからねえ」

「盛ってんのか」

 ハクトが苦笑する。まあ未来に渡って多くの人の目に触れる絵だ。そうしたくなる乙女心も理解できた。

 チレは順番に絵を見ていき、とある一枚の前で足をとめた。

 ――ジェルヴェ様。

そこには、若い男性の姿が描かれていた。

 金色の髪と、優しげな青い瞳。ほんのりと微笑を浮かべた穏やかな容貌は、三百年前に別れたときのままだ。

久しぶりに彼の肖像画を目にして、懐かしさと一緒に切ない痛みがこみあげる。シクシクとした疼痛は、後悔と淋しさが混ざった古傷だ。

 ジェルヴェはチレが初めて仕えた聖女だった。

 当時のチレはまだ世話役に就いたばかりで、聖女の世話をうまくできないでいた。彼はそんなときにやってきた男の聖女だった。ジェルヴェは心の優しい、物静かな青年だった。ルルクル人にも親切に接し、チレの至らぬ部分にも決して不平不満を言ったりしなかった。

 そんな性格だったからだろう。彼はこの世界の不条理に心を痛め、ルルクル人を苦しめる魔物の存在を消し去ろうと、それまでの聖女がとったことのない解決法を試してみようとしたのだった。

 その結果、彼は二度と還らぬ人となって――。

「男の聖女は、ひとりか」

 絵を見渡してハクトが言う。チレは物思いから呼び戻された。

「そうでございますね、ハクト様を入れてふたりです」

「俺もここに飾られちゃうの?」

「多分、そのうち王様が手配した画家が神殿にやってくるかと」

「まじか」

 うえぇと呻いて口を曲げる。どうやら絵を飾られるのは嬉しくないようだ。

「ところでお前は、俺の前にも聖女の世話をしていたんだろ」

「ええ、はい。そうでございます」

「どの子の世話をしてたんだ」

「……それは」

 チレは少し返答につまって、けれど答えないわけにはいかず、ヒョコヒョコとジェルヴェの絵の前まで歩いていった。

「ここから、端にかけてある一番新しい絵の方までです」

「え?」

 絵は全部で四枚。驚くのも無理はないだろう。

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