王都への旅

第23話

 魔物退治は順調に行われている。

 そしてハクトとチレは、毎晩寝る前に、日課のようにキスをする。

 最初はお互いギクシャクした口づけだったが、日を重ねるごとに慣れも出てきて、ハクトも段々触れ方が上手くなってきた。口の中を探られると、今まで感じたことのない気持ちよさも覚えたりして、チレは戸惑ったりもした。

 そんな日々が二十日ほど続いていたあるとき、王都に住む王様からの手紙が届いた。

『一度、聖女様に城へお越し願いたい』

 という内容を受け取って、ハクトは王城を訪問することになった。

「大陸の東端にある王都までは、ハクト様の飛行でも片道三日はかかるじゃろう。往復の航路と式典などで、旅行日程は十日位になるであろうな」

 神官長とチレが、旅行の計画を立てるために話しあう。

「そうでございましょうね」

「なので王城に出向くのは、ハクト様と、お付きにチレのふたりだけにしてもらおうかと思う。我らが同行するとなると、大陸の端から端までの移動に馬車を使わねばならず、一緒に行動するのは大がかりになってしまうからな」

「確かにその通りです。ハクト様はきっと面倒がることでしょう」

「ではそうするとしよう。ところで、肝心のハクト様はこの旅行を嫌がっていないか?」

 神官長が心配げに聞いてくる。

「そこは大丈夫なようです。王都を見物するのに興味を示してくださいましたので」

「それはよかった。ならば、留守中の魔物退治は救世軍が受け持つとして、細かい計画はお前が立てなさい。歓迎の式典などは歴代聖女様と同じであろうから、適当にこなして早めに帰還するように」

「わかりました」

 チレは恭しくうなずいた。

 そして数日かけて旅の荷造りを整え、チレは専用の抱っこ紐を作ってもらい、ハクトに抱っこされて空の旅に出ることとなった。

「ではよろしくお願いいたします」

 出発当日、最小限の荷物だけ腰に巻いて両手を差し出す。それをハクトが抱きあげて、胸の前の当て布に押しこんだ。

「じゃあ、いってくる」

「どうぞお気をつけて」

 見送りの神官長らに一声かけ、ハクトが空中に飛び立つ。そのままハヤブサも顔負けのスピードで東へと向かった。

 雲と同じほどの高度を保ち、ハクトは真っ直ぐ駆けていく。その道案内をチレがした。

 途中の宿では大歓迎を受けつつ、山を越え平原を渡り、三日がかりで大陸を横断する。幸い天候にも恵まれて、王都には予定通り到着した。

 王城の訪問については、事前に神官長が手紙で知らせていたので、ハクトが城に近づくとそれを待ちわびていたように、建物から中庭にわらわらとルルクル人が出てきた。

「おお聖女様」

「なんと麗しきお姿」

 驚きと歓喜の声があがる中で、ハクトとチレが地面に着地する。すると着飾ったルルクル人の中から、冠を頭に載せた老年の王が前に進み出てきた。

「ハクト様、あの方が王様です」

 チレがそっと耳打ちする。

「ハムにも衣装だな」

 王は絹のマントを羽織り、首飾りや腕輪をいくつも身に着けていた。その両手を広げて、ハクトに声をかける。

「聖女様、遠路はるばるお越しくださり、ありがとうございます」

「おう。遊びにきてやったぜ」

 不遜な物言いに、王が目をパチクリさせる。チレもビックリした。一応、王と会ったときのための挨拶の仕方は教えていたのだが、ハクトはそれをまるっと無視した。

 チレを抱っこ紐からスポンと引き抜き、下におろす。 

「腹減った。それから三日も飛び続けで疲れた。早く休みたい」

「お、おお、そうでございますか。確かにそうでございましょう。これ、すぐに聖女様をお部屋にご案内しろ」

 王が慌てて後ろに控えていた侍従に命じる。すると皆が急いで動き始めた。

「聖徒チレ・ミュルリ」

 その慌ただしさの中、王がチレに話しかけてくる。チレは跪いて拝礼した。

「私のことを覚えておるか」

「はい。よく覚えております。前回お会いしたときは、陛下はまだ六歳の王太子様でございました」

「そうじゃ、そうじゃ。そなたは変わらぬのう」

 王がコロコロと笑う。

「そなたら神殿の努力のおかげで、この度も聖女様を無事にお迎えすることができた。神官や召喚師らにも、ご苦労であったと伝えて欲しい」

「有り難きお言葉。必ずやお伝えいたします」

「うむうむ。では、ゆっくり休め。明日から歓迎の祝賀行事が目白押しじゃぞ」

「はい」

 跪いたまま、王を見送る。

 離れた場所にいるハクトに目を移せば、麗しい姫君らに囲まれて質問責めにあっていた。

「…………」

 何だろう、胸の中がモヤモヤする。ハクトが女性に囲まれているのを見るのが初めてなせいだからか。本人も非常に興味深げに姫たちを眺めているのが引っかかった。

 そりゃあ華やかで色とりどりの服を着た女性に憧れの眼差しを向けられたら喜んでしまうのは仕方ないが、ハクトは毎晩、自分とキスしてるんだぞ、と何故かそのことを持ち出して姫たちに対抗意識を燃やしてしまう。

 けれど、ふと考えた。あのキスは別に憧れとか恋愛とかとは関係なく、ただ魔力を移すためにしているのではなかったか。だったらそこには、気持ちなど存在しないはず。

「……そっか」

 ハクトだって以前言っていた。『別にしたくてしているわけじゃない』と。

 チレはローブを両手で掴んでグニグニと揉んだ。心の奥から悲しいような、いたたまれないような、不思議な感情がわいてくる。

 その気持ちは、明るい日ざしと陽気な人々の中で、チレをちょっぴり孤独にした。

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