魔力交換

第19話

 数日後、チレとハクトの元に、神官長とトトがやってきた。

「魔力を聖女様に戻す方法を、トトが見つけました」

 老神官長が告げる。

「おお! 早かったですね。さすがトト神官」

 喜ぶチレに、トトは恥ずかしそうに微笑んだ。

「九代前の聖女様に、同じような事例があったことを思い出したのです。それで、書庫から聖女様の残された日記を探し出しました」

「ほう。そうでしたか」

「えっと、この本です。ここにそのことに関するヒントが」

 トトが手にしてた古い本を捲りながら説明する。

「この聖女様は、救世軍の騎士と結婚されたことを覚えていますか?」

「ええ。そうでしたね」

 長椅子に寝転んでまったりしていたハクトが、身を起こしてきた。

「何? 結婚だって?」

 びっくり顔のハクトに、トトとチレがうなずいた。

「ええそうです。この世界にきて淋しがっていた聖女様を、騎士団長がお慰めになって、ふたりは仲がよくなって、結婚されたのです」

「……まじか。勇気ある聖女だな」

「そしてですね、えっと、ほら、ここの部分です」

 トトが文章を読みあげる。

「『私と夫が愛しあうと、私の魔力が夫に移行してしまうことに気づきました。これは大変に困ったことでした』とあります」

「愛しあうと……」

 訝しむチレに、神官長がひとつ咳払いをして「うむ」とうなずいた。

「つまり、……それは」

 チレが目をパチクリさせる。三人のルルクル人は、急にお互いソワソワし始めた。

「……なるほど」

 チレたちこの神殿に仕える信徒は、全員独身である。そして全員女性とおつきあいしたことがない。信徒は死ぬまで聖女のみに仕える清い身体でなければならないという決まりがあるからだ。

 そのためチレもトトも神官長も、愛しあうという行為を知識では知っているが実践したことはない。だからいきなりの爆弾投下に焦ったのだった。

「この聖女様は非常に先進的な考えを持ったお方のようですな。日記にこんなにあけすけに記されるとは……」

 神官長がヒゲをヒクヒクさせて言う。

「しかし、そのおかげで我々は答えを得ることができそうなのですよ」

 トトが眼鏡を指でソワソワ押さえて本に戻る。

「えっと、では、続きを読みますね。『愛が深ければ深いほど、魔力は夫の身体に移ってしまい、私は魔物退治ができなくなるほどでした。これを戻すには、愛しあうときにお互い、魔力を私に戻すよう強く祈ればよいことが、そのうちにわかってきました。これによって、魔力は私の身体にふたたび注がれたのです』……とあります」

 三人は頭をくっつけるようにして本文を追った。

「愛が深ければ深いほど……」

「戻すには、愛しあうときに強く祈ることが必要……」

「つまり……」

 神官長とトトの目がチレに集中した。

「私とハクト様が、愛しあわねばならぬと……?」

 それは具体的に、いったいどういうことをすればいいのか。

「え? 俺にこいつとセックスしろってこと?」

 ルルクル人の背後でハクトが素っ頓狂な声をあげた。

「なっ、なっ、なんとっ」

「そんな直接的なお言葉をををっ」

「いけません、はしたないっ」

 アワアワと慌てふためく三人に、ハクトは至って冷静な顔で言った。

「いや普通に無理っしょ。物理的に挿入はいらんやろ」

 チレを指差して指摘する。

「そっ、そっ、それはそうでしょうが」

「け、けっ、けれど、この本の聖女様も、魔力で騎士の姿を異世界人用に変えたので、そうすれば、不可能ではないかと……っ」

「あそうなの」

 ハクトがちょっと驚いて、それから納得する。

「まあそうだよな。やば。俺、変な想像しちゃった」

 肩をすくめて、視線をチレに戻した。

「そう言えば、お前を一回、ヒトにしたことあったよな」

「ええ」

 魔法を覚えたてだったハクトが、中庭でチレを異世界人の姿に変身させたことがあった。

 チレはそのときのことを思い出した。手足が伸びてとってもヘンな感触だった。ハクトも思い返したのか、ちょっとヘンな表情になる。

 ふたりの横でトトが説明を続けた。

「たしか、異世界人の仲間がひとりもいないことを嘆いた聖女様のために、騎士は自ら異世界人の姿になることを望んだんですよ。そして、ふたりは恋に落たのですよ」

「恋に……」

 ハクトがつぶやく。

「ええそうです」

 ハクトはじっとチレを見つめた後、視線を宙に向け、どこか遠くを見るような目でささやいた。

「じゃあ、もういっかい、試しにヒトにしてみるか?」

「ええ……はい……」

 ハクトがそれを望んだことに、チレの心臓がトクンと波立つ。異世界人の恰好は落ち着かないが、彼がやってみたいというのなら。

 ハクトがチレを手招く。チレは彼の横にちょこんと腰かけた。ふたり見つめあって、ハクトが呪文を唱える。

「ヒトになれ」

 するとチレの身体がしゅるるっと変化した。

「あ……」

「おおっ」

「何と」

 神官長とトトが感嘆の声をあげる。

 チレはこの前と同じく、異世界人の姿になっていた。手足は長く、肌はうすい桃色で、ふわりと揺れた髪は明るい栗色をしている。

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