思いがけない展開
第15話
チレが仕事に復帰したその日、数日ぶりの魔物が島からあらわれた。
「本日未明、一匹の魔物を確認いたしました。現在、島周辺を旋回中です」
朝食の席で、救世軍の伝令がやってきて報告する。
「そうか。じゃあ今度こそ完璧に倒してやる」
パンを頬張っていたハクトが、俄然やる気になって言う。
「お気をつけてくださいませね」
すぐに食事を終え、出立する準備を整え始めたハクトに、チレは手伝いをしながら声をかけた。
「私もご一緒いたしましょうか」
「お前は寝てろ」
ハクトはそう命じると、バルコニーに出て準備運動を始めた。長い手足を動かす姿を見守っていたら、神官長と神官らもやってきた。
「魔物が出たと聞いたが。聖女様は?」
「今から島に向かわれるそうです」
チレが神官長に答える。
「そうか。それは有り難い」
神官らが安堵の顔で頷いた。
「聖女様、御出陣に感謝いたします。どうぞご無事で」
神官長の挨拶に「おう」とハクトが鷹揚に答える。
「一発で倒してくるぜ。じゃあな」
と勇ましく挨拶をして、ハクトはバルコニーから飛び立った。あっという間に後ろ姿が小さくなる。その雄々しい背広姿を、チレは神官らと見送った。
「何とも頼りがいのある聖女様になってくださったものだ」
「本当でございます」
晴れた青空を見あげて、チレは神官長と一緒に話した。
「これで我が国も当分安泰であるな」
「まことに」
「落ち着いたら、王様に挨拶にも出向いていただこう」
「きっと王様もお喜びになられるかと」
魔物の数は一匹ということだから、すぐにでも帰還されるだろう。などど考えていたら、しばらくして空の向こうから小さな影があらわれた。
「……あれ?」
それは瞬く間に大きくなって、一直線に窓に飛びこんできた。
「ええっ?」
チレらの目の前で、影がドドーンと大きな音を立てて着地する。しかし勢いが止まらなかったのか、ゴロゴロと三回転した。
部屋にいた者は全員ビックリして固まった。ガバリと起き上がったのは、何とハクトだった。
「聖女様⁉」
「ど、どうされたのですか⁉」
ハクトが慌てた様子で言う。
「まずい」
「忘れ物ですか?」
問いかけるチレに、愕然とした表情で告げる。
「魔法攻撃が、出なくなった」
「えっ?」
ルルクル人全員がポカンとなった。
「ど、どういうことですか」
「だから、俺の手から、あの光の攻撃が発射されなくなったんだよ」
「ええっ」
「まさか」
信じられなくて、皆戸惑いの声しか出ない。
「なぜそのような」
神官長の疑問に、ハクトが頭をがりがりとかく。
「わかんねえよ。この前と同じように魔物を攻撃しようとしたら、手のひらが何の反応も示さなかったんだよ」
「攻撃方法を間違えたのでは」
「いろいろ試した。けど、なんにも起きない」
「どうして」
「ぜんっぜんわかんねえ」
ハクトは苛立った様子で握りしめた拳を振った。
「で、でも、魔法が消えたわけではないですよね、空は飛べたんですから」
チレの言葉に、ハクトが「確かに」と顔をあげる。
「空は飛べる。スーツに防御魔法もかけられた」
確認するように呟く。
「けど、攻撃魔法だけが、出てこない」
疑問で一杯の顔つきになり首を傾げた。
「なんでや」
ルルクル人も首を捻った。
「なぜでしょう」
神官らが答えを求めるように神官長を見る。しかし神官長も狼狽えただけだった。
「そのような事例は、聞いたことがない。聖女様が攻撃魔法だけを失うなどと」
「まだ慣れていないから、うまく制御できないのでは」
「魔力は精神力に大きく関係していると言いますので、何か心に不安があるとか」
神官らが口々に考えを述べる。
「ハクト様、何か心に問題をお抱えですか?」
チレの問いかけに、ハクトが難しい顔になった。
「まったくないわけじゃねえけど、今日は、それよりも魔物退治にヤル気になってたのに」
悔しそうな表情を浮かべるハクトに、チレらは顔を見あわせた。
「一時的なものかもしれません、少しお休みいただきましょうか」
チレがそう言ったとき、神官のひとりが「あの」と声をあげた。眼鏡をかけた小柄な神官は名をトトといった。
「どうした? 神官トト」
神官長がたずねる。
「あのう……その、自信はないのですが、魔力消失ならば、ひとつ、仮説が思い浮かぶのですけど」
遠慮がちな物言いに、神官長が「申してみよ」と命じる。トトはひとつうなずいてから話し始めた。
「過去、魔力を他人に分け与えた聖女様が、何人かいらっしゃったじゃないですか。ルルクル人に自分の魔力を少し移していかれた方が」
「おお。おったな」
皆がうんうんと話を聞く。
過去の聖女は、自分がいなくなった後のことを心配して、数人のルルクル人に魔力を分け与えていた。
「そのときの、儀式を覚えておいでですか。たしか、聖女様は自分の血を少し、相手に与えたのですよ」
「おおそうじゃの、血をお与えになった」
「――あ」
チレは怪我を負ったときのことを思い出した。あのとき、ハクトもまた手のひらに怪我を負っていた。
「……まさか」
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