第13話

 ハクトは左手でチレを抱えたまま、右手を前に突き出した。そして一言叫ぶ。

「光の攻撃波動っ!」

 するとその瞬間、ハクトの手から輝かしい光が発生し、一直線に魔物へと向かっていった。

「ヒギャアアアアアアッ」

 光線が敵の一匹に、うまく命中する。魔物は悲鳴をあげて一気に霧散した。黒い残骸が四方に散って海に落ちていく。

「おおっ」

「やりましたね!」

 チレが歓声をあげる。

「なかなかすげえな」

「さすが聖女様!」

「けどネーミングがいまいちだな。あとでもっと恰好いい技名を考えよ」

「あちらにもう一匹いますよ」

 攻撃に気づいた残りの一匹が、こちらに向かって突進してきた。それにもハクトは手を差し出す。

「死ねっ! このクソ魔物っ」

 悪態を吐いて光線を発射する。

「ギャウウウウウッ」

 明るい閃光を受けて魔物はあっけなく砕け散った。

 いきなりあらわれた人物に敵を瞬殺された救世軍は、船の上でポカンとなった。

 見知らぬ異世界人を見あげ、やがて歓喜の声をあげ始める。

「聖女様……?」

「おお、……本当に?」

「あれはまさしく、聖女様だっ!」

「ついにあらわれてくださったか」

「聖女様だああっ!」

 皆が大喜びでこちらを見あげてくる。感極まって泣きながら抱きあう兵士もいた。聖女様、という大合唱が海原に響き渡る。

「ハムスターが鎧を着てる」

 それを見ながらハクトが冷静に呟いた。

「ハクト様、まだ魔物はいます。残りは陸地のほうです」

「おおそうか。じゃそれも倒しにいってみっか」

 ハクトは手を振る観衆に応えるように船の上を二度ほど旋回し、それから陸地に向かった。

「あそこです」

 断崖の上では、救世軍の陸上部隊が厳しい戦いを強いられていた。醜く巨大な敵に、弓や剣で応戦しているが全然歯が立っていない。

 ハクトはその近くの草地に降り立つと、先ほどと同様に光の矢を放ち、あっという間に魔物を消滅させた。

 目にもとまらぬ早業に、兵士たちは一瞬何が起きたのかわからない様子だった。全員呆気に取られて立ち尽くす。その内誰かがハクトを見つけて、自分らとは異なる外見に目をみはった。

「……聖女様だ」

「まさか」

「本当に……?」

「降臨なされた?」

 喜びが波のように広がり、やがて勝利の雄叫びがあちこちから湧きあがる。

「おおおっ! 聖女様だあっ!」

 興奮した皆が大喜びでこちらに駆けてきた。百人近くの大群がおしよせる気配に、ハクトがたじろぐ。

「おい、ちょっとまずくないか」

「皆、喜びすぎですね」

 少し距離を取ろうとして、断崖絶壁の端に移動する。そこで兵士が落ち着くのを待とうかとしたら、背後から不気味な声が聞こえてきた。

「グゥゥゥ……」

 という低い唸りはルルクル人のものではない。

「――え」

 チレはハクトの腕の中で背後を振り返った。そしてそこに、崖から顔を出す魔物を見つけた。

「ハクト様!」

 完全に油断していた。もう一匹、魔物がいたのだ。

 その邪悪な生物は、蛇のような手をこちらに伸ばしてきた。シュルッと四本の黒い爪が牙をむく。

「危ない!」

 チレの言葉にハクトが身を捻った。そして魔物を見つけて攻撃しようとした。が、一瞬遅かった。

 鋭い鉤爪がチレとハクトを引き裂く。

「あゥッ」

 脇腹に激しい痛みを感じて、チレは身を縮めた。

「この野郎!」

 ハクトの伸ばした手からも血が出ている。見れば手のひらが裂けていた。

「死ねっ!」

 傷に構わず手から光の矢を放つ。それは魔物の頭に直撃し、相手は奇声をあげて崖から海へと落ちていった。

「チレ!」

 魔物を倒したハクトが地面に膝をつく。

「おい、大丈夫か?」

「わ、私は、何とも、ありません。それより、あなた様は……」

「俺は手をやられただけだ。けど、お前が」

 草地に横たえられたチレは、痛みに朦朧となった。

 近よってきた兵士が、チレとハクトを見て狼狽える。

「怪我をされているっ! おい、衛生兵を呼べっ」

「はいっ」

 脇腹が燃えるように熱い。そして全身がガクガクと震える。腕をあげれば、手は真っ赤に濡れていた。 

「深い傷です。出血がひどい」

 やってきた衛生兵がチレを見て言う。

「早く処置しないと。けれど、ここでは無理です」

 自分をのぞきこむ多くの顔をぼんやりと見あげながら、チレは意識が段々と遠のいていくのを感じた。

「ちょっとどけ、俺が治療してみる」

 兵士を押しのけ、ハクトが前に出る。チレの傷口に手のひらをあてて、一言呪文を唱えた。

「血よ止まれ」

 言うと、体内が変化する。しかし楽にはならず、急に息が苦しくなって痙攣が一層ひどくなった。

「聖女様、それではダメです、全身の血が止まっています。死んでしまいます」

「何? まじか。血よ流れろ」

 血流が戻り、ハッ、ハアッとチレが息を吹き返す。

「じゃあ、傷よ塞がれっ」

 再度命じれば、皮膚が蠢いて傷がとじていく。けれどなぜかチレは盛大に吐血した。

「いけません、表面だけ塞いでも、内臓は傷ついたままです」

「何だと?」

ゴホゴホと血を吐くチレに、ハクトも蒼白になる。

「じゃあどうしろってんだよ」

「神殿に連れ帰ってください。あそこの神官長なら治癒魔術を使えます」

「わかった」

 ハクトはチレを抱えあげた。

「チレ、すぐに助けてやるからな」

 励ますように言うと、光の速さで飛び立った。

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