第11話

 相手は呆然とした顔のまま、今度は別のことを命じる。

「持ちあがれ」

 ベンチはふうっと浮いて、ふわふわ漂った。

「落ちろ」

 ストン、と地面に着地する。

「まじだ」

 そして今度は、チレに向き直った。

「何でもできるのか?」

「ええ」

 チレを指差す。

「小さくなれ」

「えっ」

 瞬間、チレはすぽんっと小さくなった。あっという間にローブに埋もれて視界が暗くなる。

「えええええっ」

 焦って服から這い出すと、大きな手に包まれた。そのまま上に持ちあげられる。

「やば」

 巨大化したハクトが、目の前に迫ってきた。

「友達んちで飼ってたハムスターそっくりだ」

「戻して下さいませっ」

 チレはアワアワと暴れた。その姿を観察していたハクトは、次にあり得ない命令を下した。

「ヒトになれ」

 すると身体がぐうんと膨らむ。

「――え?」

 気づけばチレは、全裸のヒトに変化して、尻餅をついたハクトの膝に馬乗りになっていた。 

「えっ? えっ、ええっ?」

 手足がすらりと伸び、毛がなくなって地肌がむき出しになる。ビックリ仰天のチレに、目の前のハクトはさらに驚いた表情になった。

「……ぇ?」

 小さく呟いて、チレを凝視する。口をポカンとひらき言葉をなくしてこちらを見つめた。自分がかけた魔法だというのに、あらわれたヒト型に呆けたようになる。

 瞬きもせずチレを眺め、視線を上から順番に下に移していき、顔、胸、腹、そして――。

「……お前、雄だったのか」

 股間を見て、心ここにあらずの様相で呟いた。チレも自分の姿に戸惑った。

「戻して下さい……」

 こんな姿は心許ない。しかもスウスウして肌寒い。チレが両手で胸をかきあわせ困り顔でお願いすると、ハクトはどうしてか視線をさまよわせた。

「お、おう」

 少し慌てた様子で、「えっと、どうすんだっけ」とブツブツ呟く。

「ハム人間に戻れ」

 などと適当な呪文を唱える。するとチレの身体はスウッと縮んで元のルルクル人になった。獣毛が戻ってきて安心する。

「まったく、変な魔法をかけないでくださいまし」

 ちょこちょことハクトの膝をおりて、ローブを手にすると、それを頭からかぶった。

「……ていうか」

 ハクトが物思いにふける表情でささやく。

「この魔力使って、日本に戻れる?」

チレは服を整えながら答えた。

「残念ながら、それは無理でございます。魔力が足りません。闇の回廊を渡るには、ハクト様の魔量では無理です」

「闇の回廊?」

「ハクト様が通っていらっしゃった道のことです。我らはそう読んでいます」

「へえ」

「聖女の魔力は強大ですが、強さに限りがありますので」

「そっかよ」

 落胆するハクトだったが、しかし新しく手に入れた力には興味がわいたようだった。

「つか、何でいきなりこんな力が俺に」

 自分の手のひらをしげしげと見てたずねる。

「闇の回廊を渡るとき、そういう力が身につくようです」

「ほお」

「ですので、我らは異世界人を召喚するのです。我々には基本的に魔力はありませんので」

「大召喚師はあるんじゃないのか? だから俺を呼べたんじゃ?」

「それは、初めてこの地に降り立った聖女様が、ルルクル人に与えたものでございます。最初の聖女様は、偶然この地にやってこられて、この世界を救済されたのです」

「ふぅん」

 両手を上に持ちあげて、何度も裏表をひっくり返す。  

「これ、攻撃魔法にもなるのか?」

「もちろんでございます。聖女様の力はそのために使っていただきたく存じます」

「なるほど。で、どんな攻撃ができるん?」

「それは聖女様のお好みで。今までのお方は、炎や氷で攻撃したり、雷を操る方もいらっしゃいました。光の矢を打ちだして敵を射る方もおいででしたよ」

「ほほう」

 非常に興味深げな顔になる。

「で? その敵の魔物ってのは強いの?」

「いいえまったく」

 チレは首を振った。

「聖女様の力を持ってすれば、雑魚同然でございます」

「そりゃあまあ、なかなかにつまんねぇな」

 つまらないと言いつつも、何となく楽しそうな顔つきになる。

「ふーん。じゃあ、ちょっと出かけて、俺の力を試してみっかな」

「えっ?」

「その魔物って奴を、見にいってみるか。どうせスマホも使えなくなってヒマだし」

「ええええっ。本当でございますか?」

 驚きのあまり声が裏返る。

「おう。ゲームっぽくて楽しそう」

 そう言ってニヤリと笑う。

「……ハクト様」

 チレは急に心を入れかえて魔物退治にやる気を出してくれたハクトに、感激して泣きそうになってしまった。 

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