第10話

「立ち聞きか、チレ」

 神官長が非難の眼差しを向けてきた。それを無視して続ける。

「お言葉ですが、聖女様に対して、あまりにひどい言い草ではないでしょうか。あの方だって好き好んでここにやってきたわけではありませんのに。我らが自分勝手な都合で呼びよせて、利用しようとしているだけです。なのに、ハズレだの、役立たずだの、あの方の気持ちも考慮せず、それはあんまりな言葉です」

 拳を握りしめて意見するチレに、神官長は怯んだが、すぐに言い返してきた。

「何を言う。歴代聖女様はそれでも我らの事情を知って協力してくださった。その説得がうまくいかぬのは、ひとえに、チレ、世話役であるお前の責任ではないのか」 

 神官長が責任転換してくる。チレは愕然とした。

「だいたい、あの聖女はなぜ戦おうとせん? なぜ強大な魔力を持ちながらそれを使おうとせんのだ? それはお前が無能で、ぼんくらで、頭の悪い愚か者だからだろう!」

 あまりの言われ様に、ショックで倒れそうになった。

「そ、そんな……」

 ヒゲがしおれて手足が震え、そのまま目の前が暗くなる。フラリとよろめいたそのとき、背後から声がした。

「何朝っぱらから怒鳴ってんだよ」

 聞き覚えのある声にハッと振り返れば、少し離れた場所にハクトが立っていた。着崩れた寝間着姿で、首元を掻いている。

「……ハ、ハクト様」

「ピーピーうるせえなあ。病みあがりの頭に響くわ」

「起きあがって大丈夫なのですか」

 まだ熱がさがったばかりなのにと、チレは心配して問いかけた。

「ああ。寝すぎて身体がギシギシ言うから、ちょっと散歩に出てきた」

 寝起きの不機嫌な顔のハクトは、こちらに近づいてくるとチレの横に立ち、神官長に問いただした。

「てか、なんで、このチビが叱られてんだよ?」

「えっ。そっ、それは……」

 異世界人の放つ威圧感に呑まれて、神官長と大召喚師が及び腰になる。

「この者が、余りにも無能で、ですから、少し説教を……」

「こいつのどこか無能なんだよ」

 チレの頭頂部を指でクリクリと押す。チレはヒャッと肩をすくめた。

「そ、それはあなた様をいつまでたってもやる気にさせないので……」

 神官長の言葉に、半眼のハクトが眉をよせる。

「はあ? 俺のヤル気問題? だったらそれを俺に直接言いにこりゃいいじゃんかよ。文句あるんだったら俺んとここいよ。なんでこいつだけ苛めてんだよ」

「そ、それは」

 モゴモゴと口ごもる神官長と大召喚師に、ハクトは腕を組んで偉そうに見下ろした。

「うざってぇ奴だな。次からはそうしろよ」

「はっ、はい。わかりました」

 神官長と大召喚師はペコペコお辞儀をして、そそくさと去っていった。

 ハクトはそれにフンと鼻を鳴らして、「ビビリめ」と口角をあげた。

 呆気に取られてふたりを見つめていたチレは、ハッと我に返った。

「あ、あの」

「なんだよ」

 ハクトに悄然と謝罪する。

「あの……庇っていただき、ありがとうございます。私が悪かったのに……、ご迷惑をおかけしました」

「別に」

 ハクトはそう言うと、早朝の庭へ顔をぷいと向けた。

「ああいう上司は、気にくわねーんだよ。自分勝手で面倒ごとを部下に押しつけて偉そうでさ。どこにでもああいう奴はいるんだな。見ててムカつく」

「……」

 チレは賛同したが、うなずきはしなかった。黙って頭をさげるだけにする。けれど落ち込んでいた気持ちは随分と楽になった。

「――で」

 遠くを見ていたハクトが口をひらく。チレは顔をあげた。

「さっき、あの耄碌爺が言ってたが」

「はい?」

「俺に魔力があるとか何とか」

「え、ええ。はい」

「あるのか」

 ハクトが振り返った。

「ありますとも。もちろん」

「まじかよ」

 驚くハクトに、チレは目を見ひらいた。

「聖女様ですから。当たり前です」

 そう言えば、ハクトにはそのことをまだ伝えていなかった。ルルクル人にとってはあまりにも当然のことで、すっかり忘れていたのだ。

「魔法って、どんなのが使えるんだよ」

「それは……、聖女様によって違いますが。まあ、基本的に望めばそれができると言いますか」

「はあ?」

 ハクトは頓狂な声を出した。

「何だよ。早く言ってくれよ。まじかよ。うそだろ」

 腰を落として拳を握りしめる。

「で、どうやるんだ?」

 俄然乗り気になった相手に、チレはぱちぱちと瞬きをしながら答えた。

「ええと、頭の中で想像しながら望んで、ついでに口に出せば、確実にそれが叶います」

 ハクトが目を剥く。顔つきが変わり、ひどく真剣なものになった。

 いきなりの変化にチレが驚いていると、ハクトは背を伸ばして姿勢を正し、少し離れた場所にあるベンチを指さした。

「動け」

 命じれば、すぐにベンチはススッと横に移動した。

「……うおっ。まじか」

 ハクトはビックリしたが、チレには見慣れた光景だった。聖女にとっては朝飯前の魔法だ。

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