第3話

 しばらくそうしていたが、ふいに踵を返してホールの中に戻ると、柱や壁を蹴ったり叩いたりし始めた。

「セットじゃないなら、どっかに運ばれた? 眠らされて」

 ブツブツ呟いて、心配げに見守る神官に向き直る。

「ここ外国?」

「え。ええ?」

「てか、うざいなお前らその恰好」

 神官のひとりの肩を掴んで、また持ちあげる。そしてブンブン振り回した。

「ひやああああ」

「脱げよ、このかぶりもの」

「かぶりものではございませんっ」

「何言ってんだ、このネズミのぬいぐるみどもが」

「ネズミでも、ぬいぐるみでもありませんっ」

 聖女が手を離したので、神官はゴロゴロと吹っ飛んだ。それを仲間が助け起こす。

「我々は、このような姿をしているのでございます。あなた様から見れば非常に奇妙かも知れませんが、我々は、ルルクル人という人種なのです」

「はあ?」

 盛大に疑問符を吐いて、聖女が皆を見おろした。彼の目の前には、怯える背の低い動物が見えていることだろう。歴代の聖女も、まずチレたちの外見に驚いた。

 ルルクル人は、彼らの目には『大きなハムスター』として認識される見た目をしている。異世界人の三分の一ほどの背丈に、全身が獣毛に覆われたふわもこな姿。頭の上に生えた耳と小さな瞳。過去の聖女は皆、この姿に最初は驚いたものの、しかし慣れれば可愛らしい姿と愛でてくれるようになった。

『ペットみたい』

『ほわほわでぬいぐるみのよう』

『癒やされるわ。抱っこして寝た~い』

 と言ったものだった。

 だが。

「きっしょ」

 当代聖女は顔を歪めて言い放った。

「ネズミの国とか。趣味悪すぎ。ドッキリなら他でやって。主催者訴えるよ?」

 苛立たしげに髪をかきあげ、大きくため息をつく。

「遅刻確定じゃん」

 呟いてまた鋼の板を取り出した。

「連絡だけは入れとかないと」

 指先でチマチマ叩き、ふとその指をとめる。

「……圏外?」

 訝しげにもらして顔をあげた。周囲を見渡し、不思議そうな顔のまま、また薄い板に向き直る。

「メッセージが飛ばない。なんでや」

 聖女は目の色を変えて板を中指でこすりはじめた。何度も表面をこすって、そのうち絶望的な表情になる。

「なんでや」

 聖女の声が震えだしたのを見て、神官らにも戸惑いが広がる。この後にくる事態を、ここにいる皆が過去に経験ずみだったからだ。

「どういうことなん?」

 顔色が悪くなり、挙動が不安定になる。そして、続くのは――。

「ありえんやろ! 俺を元の世界にもどせよっ!」

 パニックだ。

 この状況が一番厄介だと、チレもよくわかっている。こうなったら身を縮めて、大柄な異世界人の怒りが収まるのを待つしかない。

「今日は大事な打ちあわせがあるんだよっ! まだ資料も作ってないのに、間にあわなかったらどうすんだよっ。早く駅に戻せよっ。お前らクライアントが怒ったら責任とれんのかっ!」

 周囲にある物を手あたり次第、掴んで放る。聖典、飾られた花や燭台、祭壇。神官らは悲鳴をあげて逃げ惑った。

「俺を戻せっ!」

「無理でございますっ」

 離れた場所から訴えるも、まったく聞く耳を持たない。暴れる魔物のようになった聖女は、ホール内にある物を投げて回った。怒鳴って物にあたって、柱を殴って床を蹴る。

 皆は入り口扉の陰に隠れて、ブルブル震えながら怒りが鎮まるのを待った。

 チレも皆の後ろから、聖女の乱暴な振る舞いに目をみはった。

 これほど激しく怒りを爆発させる聖女を見るのは初めてだ。こんな怖ろしい異世界人は、今まで誰ひとりとしていなかった。この見るからに気性の荒い魔王のような人間が、果たして我らの国を救ってくれるのだろうか。

 ――無理かもしれない。

 今回の召喚は失敗なのか。

 しかし、もうこの魔人を元の世界に戻すことはできない。

 神官らはヒゲをピクピクさせて怯えた。誰も口をひらかず止めにも入れず、ただ成り行きを見守っている。

 やがて、暴れるだけ暴れて疲れがきたのか、聖女はハァハァと息を切らしながら動きをとめた。ゆらりと揺れたかと思ったら、どっかと床に倒れこんで大の字に寝そべる。

「……やべえ」

 一言つぶやいて、そのまま静かになった。

「何と言ってるのでございましょう」

 扉の陰から、神官のひとりがぽつりとこぼす。

「わかりません。あの聖女様の話している言葉は、半分も理解できません……」

 ルルクル人は、揃って自分たちが召喚した暴君に恐怖した。

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