第6章:未来への選択

 翌日、葵は南極大陸を訪れた。かつては厚い氷に覆われていたこの大陸も、温暖化の影響で大きく変貌していた。


 氷床の多くが溶け、新たに露出した岩肌が広がっている。そこでは、国際的な科学者チームが必死の研究を続けていた。


 チームリーダーのマリア・ゴンザレスが葵を出迎えた。「ここでは、氷床の融解が地球全体に与える影響を研究しています。同時に、この新しく現れた環境での生態系の変化も観察しています」


 葵は興味深く尋ねた。「新しい生態系ですか?」


 マリアは熱心に説明した。「そうです。氷が溶けて新たに露出した土地に、徐々に植物が定着し始めています。また、これまで南極に来ることのなかった動物種も確認されています」


 葵は複雑な思いに駆られた。地球温暖化という危機が、皮肉にも新たな生命の可能性を生み出しているのだ。


 「でも、これは決して良いことではありません」マリアは真剣な表情で続けた。「既存の南極の生態系は崩壊の危機に瀕しています。特に、氷に依存して生きてきたペンギンなどの生物は深刻な影響を受けています」


 葵は、生態系の変化が引き起こす連鎖反応の複雑さを改めて実感した。一つの問題を解決しようとすると、別の問題が生じる。そのバランスをとることの難しさに、葵は圧倒された。


 その後、葵は北極圏を訪れた。そこでは、永久凍土の融解が引き起こす問題を目の当たりにした。


 現地の研究者、オーレ・ニールセンが説明した。「永久凍土が溶けることで、大量のメタンガスが大気中に放出されています。これが温暖化をさらに加速させる要因となっているんです」


 葵は愕然とした。「負のフィードバックループですね……」


 オーレはうなずいた。「その通りです。さらに、永久凍土の融解は地盤沈下を引き起こし、沿岸部の浸食を加速させています。多くのコミュニティが移住を余儀なくされているんです」


 葵は、環境変化が人々の生活に直接的な影響を与えている現実を目の当たりにし、胸が締め付けられる思いだった。


 次に、葵はアマゾン熱帯雨林の残存地域を訪れた。かつての広大な緑の海は、今や点在する森の島々となっていた。


 現地の環境保護活動家、カルロス・シルバが案内してくれた。「私たちは残された森を守るために日々奮闘しています。しかし、乾燥化と違法伐採の影響で、森林の減少に歯止めがかかりません」


 葵は、疎らになった木々を見上げながら尋ねた。「生物多様性への影響は?」


 カルロスは悲しげに答えた。「甚大です。多くの固有種が絶滅し、生態系のバランスが大きく崩れています。これは単に動植物の問題だけでなく、地球全体の気候システムにも影響を与えているんです」


 葵は、アマゾンが「地球の肺」と呼ばれていたことを思い出した。その「肺」が今、苦しんでいる。


 最後に、葵は巨大な浮遊都市を訪れた。これは、海面上昇により居住地を失った人々のために建設された、革新的な生活空間だった。


都市計画者の藤田美咲が案内してくれた。「この都市は、海面上昇に適応するための一つの解決策です。再生可能エネルギーを利用し、海水を真水に変える技術も備えています」


 葵は感心しながら尋ねた。「住民の方々の反応は?」


 美咲は複雑な表情で答えた。「適応には時間がかかります。故郷を失った悲しみは大きいですが、新しい生活に希望を見出す人も増えてきています。ただ、台風などの異常気象への対策は常に課題です」


 葵は、人類の適応力と創造性に感銘を受けた。同時に、こんな適応を強いられるような状況を作り出してしまったことへの責任も感じずにはいられなかった。


 全ての視察を終え、葵は再びゼノンと対面した。


 「どうだった?」ゼノンが尋ねた。「何か、答えは見つかったかい?」


 葵は深く息を吐いた。「正直、まだ迷っています。プログラムを起動しない未来では、確かに環境破壊が進んでいます。でも、人々は必死に適応し、問題解決に取り組んでいる。一方、プログラムを起動した未来では、温暖化は抑制されましたが、別の深刻な問題が生じています」


 ゼノンはうなずいた。「そう、どちらの未来も完璧ではない。でも、君にはそれを変える力がある」


 葵は真剣な表情で言った。「はい。私に求められているのは、この二つの未来のどちらかを選ぶことではなく、全く新しい第三の道を見つけ出すことなんですね」


 「その通りだ」ゼノンは優しく微笑んだ。「君の知識と、ここでの経験を組み合わせれば、きっと最適な解決策を見出せるはずだ」


 葵は決意を固めた。「わかりました。残された時間で、最善の選択ができるよう考え抜きます」


 ゼノンは葵の肩に手を置いた。「君を信じているよ。人類の未来は、君の手にかかっているんだ」


 葵は深く息を吐き、思考を整理し始めた。これまでの経験、得た知識、そして科学者としての直感。全てを総動員して、最適な解決策を見出さなければならない。


 時間は刻々と過ぎていく。葵の選択が、人類の運命を左右する。その重圧と責任を背負いながら、葵は静かに目を閉じ、深い思考の海に潜っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る