第4章:希望の残骸

 葵は、2150年の東京の廃墟となった高層ビルの一室に立っていた。窓からは、水没した街の風景が広がっている。ゼノンの科学技術のおかげで、葵はこの時代の人々と直接交流することができた。


 隣には、この時代の環境科学者、田中美咲がいた。50代半ばの女性で、疲れた表情をしているが、その目には強い決意の光が宿っていた。


 「本当に悲惨な状況です……」葵はつぶやいた。


 美咲は溜息をつきながら言った。「私たちは、この状況を何とか改善しようと日々奮闘しています。でも、もう手遅れだったのかもしれません」


 葵は躊躇いながらも質問した。「2050年頃に、気候変動を抑制するための画期的なプログラムが開発されたはずです。なぜ、それを使用しなかったのでしょうか?」


 美咲は驚いた表情を浮かべた。「ああ、あの伝説のプログラムのことですね。実は、当時の科学者たちは、そのプログラムの潜在的なリスクを恐れたんです。予期せぬ副作用が起きる可能性があると判断して、最終的に使用を見送ったんです」


 葵は胸が締め付けられる思いだった。自分たちが開発したプログラムが使用されなかった理由を知り、複雑な感情が湧き上がった。


 「でも、結果的にこうなってしまった……」


 美咲は窓の外を見つめながら続けた。「そうです。私たちは従来の方法で温暖化対策を続けましたが、十分ではありませんでした。企業や政府の消極的な態度、人々の危機意識の低さ……様々な要因が重なって、このような結果になってしまったんです」


 葵は、自分たちの時代でも同じような問題があったことを思い出した。「じゃあ、もしあのプログラムを使っていたら……」


 「わかりません」美咲は首を振った。「別の問題が起きていたかもしれない。でも、少なくともこんな風にはならなかったでしょうね」


 二人は沈黙の中、水没した東京の風景を眺めていた。葵の心の中で、責任感と後悔が渦巻いていた。


 次の日、葵はゼノンと共に、地下都市を訪れた。そこは、地上の過酷な環境から逃れるために建設された、最後の人類の砦とも言える場所だった。


 巨大なドームの中には、人工的に作られた自然環境が広がっていた。木々や草花が植えられ、小さな川も流れている。しかし、その全てが人工的で、どこか不自然さを感じさせた。


 「ここが、現在の人類の主な生活圏です」ゼノンが説明した。「地上の環境が悪化したため、多くの人々がこのような地下都市に移住しました」


 葵は周囲を見回した。人々は一見普通の生活を送っているように見えたが、その表情には何か暗いものが感じられた。


 「彼らは、もう地上に出ることはないんですか?」葵は尋ねた。


 「ほとんどありません」地下都市の管理者の一人、山田健太郎が答えた。「地上の環境は人間が長時間滞在するには危険すぎます。極端な気温変動、有害な紫外線、頻発する異常気象……」


 葵は言葉を失った。人類が地上で自由に暮らせないなんて、想像もしていなかった。


 「でも、この地下生活にも問題があります」健太郎は続けた。「資源の確保が難しく、人口も制限せざるを得ません。それに、閉鎖環境での生活によるストレスも深刻です」


 葵は、地下都市の住民たちの表情に、その苦悩を見て取ることができた。自由に空を見上げることもできず、自然の風を感じることもできない。そんな生活が、人間の心に与える影響は計り知れない。


 「他に、どんな問題がありますか?」葵は尋ねた。


 健太郎は少し考えてから答えた。「食料生産の問題も深刻です。地上での農業はほぼ不可能になり、私たちは限られたスペースでの水耕栽培や、人工肉の生産に頼っています。しかし、それだけでは十分ではありません」


 葵は、自分たちの時代でも議論されていた食料問題が、こんなにも深刻化していることに愕然とした。


 その後、葵は地下都市の研究施設を訪れた。そこでは、限られた資源の中で、人類の生存に必要な技術開発が行われていた。

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