第3章:破滅の連鎖

 ゼノンは葵を別の部屋に案内した。そこには、地球の各地域の詳細な情報が集約されていた。3Dホログラムが部屋中に広がり、まるで地球を俯瞰しているかのような錯覚を覚える。


 「これが現在の東京だ」


 ホログラムに映し出されたのは、水没した東京の姿だった。かつての高層ビル群は、その一部を水面から覗かせているだけだ。東京スカイタワーも、その上層部分だけが島のように残っていた。


 「海面上昇により、東京の多くの地域が水没してしまった。残された陸地では、人口が密集し、深刻な住宅不足と食料不足に悩まされている。気温の上昇と異常気象により、従来の農業はほぼ不可能になってしまったんだ」


 葵は胸が締め付けられる思いだった。自分の生まれ育った街が、このような姿になるなんて。


 「他の地域は?」


 ゼノンは次々と世界の様々な場所を映し出した。アマゾンの熱帯雨林は、その大部分が消失し、乾燥地帯と化していた。シベリアの永久凍土は溶け、メタンガスの大量放出により温暖化が加速していた。


 「人類はどのように生き延びているんですか?」


 「地下都市の建設や、海上都市の開発などを進めているよ。でも、資源の枯渇や気候変動による災害の増加で、その歩みは遅々として進まない。それに、人口の大幅な減少も避けられなかった」


 葵は、自分たちが開発したプログラムの重要性を改めて認識した。同時に、その危険性も。


 「ゼノンさん、私がプログラムを起動させた世界線では、具体的に何が起こったんですか?」


 ゼノンは少し躊躇した後、答えた。


 「プログラムは確かに地球温暖化を抑制した。しかし、予期せぬ副作用として、地球の磁場が大きく乱れてしまったんだ。その結果、強力な太陽風や宇宙線から地球を守る能力が著しく低下してしまった」


 葵は息を呑んだ。そんな可能性は考えもしなかった。量子レベルでの気候制御が、地球の磁場にまで影響を与えるとは。


 「その世界線の人類は……?」


 「地下深くや、月面基地に避難している。地表での生活は極めて困難になってしまった。放射線被曝のリスクが高すぎるんだ」


 葵は膝から崩れ落ちそうになった。どちらの未来も、人類にとって望ましいものではない。自分たちの選択が、こんな結果をもたらすなんて。


 「じゃあ、私は何をすればいいんですか? どちらの未来も避けなければならない。でも、どうすれば……」


 ゼノンは静かに言った。


 「それが君の課題だ。この未来と、もう一つの未来。両方の情報を基に、最適な道を見つけ出すんだ。我々にできるのは、君にこの機会を与えることだけだ」


 葵は深く息を吐いた。科学者としての論理的思考と、一人の人間としての感情が激しく葛藤していた。


 「時間はどれくらいありますか?」


 「君の感覚では数日程度だ。その間に、この世界をよく観察し、必要な情報を集めるんだ。そして、過去に戻ったときに何をすべきか、結論を出してほしい」


 葵は立ち上がり、決意を新たにした。


 「わかりました。精一杯努力します。人類の未来がかかっているんですから」


 ゼノンは優しく微笑んだ。


 「その意気だ。さあ、君の学びの旅を始めよう。この2150年の地球で、君は何を見て、何を感じ、そしてどんな答えにたどり着くのか。それが、人類の運命を決めることになるんだ」


 葵はうなずき、未知の未来への探求の旅に踏み出した。その肩には、想像を絶する重圧がのしかかっていたが、同時に科学者としての使命感も燃え上がっていた。


 この異世界での経験が、人類の未来を救う鍵となる。そう信じて、葵は一歩を踏み出した。

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