最終章「恙(ツツガ)なき旅へ」01
01
空が真っ白に燃えた。
一面の白い輝きは、まるで地球に太陽が接近してきたかのようだ。
アンダの怒りの炎がそれほど膨張している。
「女王などヒエラルキーの象徴だッ! 増長するような大臣らは消えるべきなんだよッ! スロゥ・バンッ!」
面のような太陽が落ちてくる。このままでは地上は蒸発するだろう。
しかし、スロゥは取り乱すことなくリリックの波動を広げた。
「むぅんっ!」
束縛のリリックが迫りくる太陽を抑え込み、同時にアンダも金縛りにする。
「それで脱女王派に手を貸したか、アンダ!」
「ぎっ……がぁっ……おのれぇえっ……」
アンダは歯を食いしばる。
一度でもリリックを緩めればもう反撃の機会はない。
「慈しみもない貴様に、女王の御心はわかるまい!」
「慈しみ……だとぉっ!」
「クリスタル・キングダムのために御身を捧げるのだ。貴様程度とは背負っている悲しみが違う! 親衛隊とはその足場だ! それを踏みにじったな!」
「温情っ……慈愛っ……その結果生まれたのが城下の人間だろう! 蔑まれるために生まれたというのならば、いっそクリスタル・キングダムなど滅べばいい!」
アンダはさらに出力を上げる。
スロゥは少し押される。
「くっ──二(ふた)世界ごと滅ぼすつもりか……っ!」
「ああ、そうだ! 手に入らぬものならば、奪われるくらいならば、壊してしまえばいい!」
「そんな逆上のためにぃ……っ!」
「あっはっはっ! 他世界でリリックを使えば結晶化が進行する! 深層心理でそれを恐れては、貴様とて本気を出せまいッ!」
「心をリリックに呑まれたな──」
「受け止めろぉ……これが結果だぁっ!」
「はぁあああッ!」
スロゥは太陽とアンダを縛り付けるリリックを一瞬だけ解いた。そして、太陽が1センチも動く前に、手刀から伸ばした光の刃筋でアンダの胸を貫く。それを消すと、再びリリックを広げて太陽を押さえた。
「……がはっ……」
反応する間もなく急所を貫かれたアンダから力が抜けた。
傷口は塞がらない。スロゥが中和して治癒を阻害しているからだ。
「……女王の犬めぇ……っ……」
「陛下の大義に、畜生の入り込む余地はない」
「……それも……女王自身が生み出す……もの…………潰える……ものか……」
アンダは結晶化し、己が生み出した太陽に呑まれて砕けた。
主を失った炎は霧散する。
戦いを終えたスロゥはバイザーを下方へ向けた。
結晶化が進行して透明になった世界。そこに一箇所だけ虹色の空間がある。
「……女王の輝きか……」
◆
虹色の中で、純麗とケガチは殴り合っていた。
ケガチの拳が、純麗の顔の表面を叩く。
純麗の蹴りは、ケガチの脇腹に深く突き刺さる。
「──がはっ!」
大きなダメージを受けたのはケガチだ。
体躯の差だ。
現在進行系でツツガによりリリックが中和されている純麗は、力のほとんどを抑え込まれている。その証拠にクロスがもう暴走した時の姿ではない。
初めて変身したときと同じ、丈の短すぎるドレス姿だ。
それでも純麗は止まろうとしない。攻撃をやめない。ボロボロの布切れを纏うケガチと戦い続ける。
「どうしてっ……どうしてですか、純麗さんっ……もう、正気に戻っているはずでしょう!? 私たちが戦う必要はないんです!」
「あるんだよッ! あたしには、てめぇをぶちのめす理由があるッ!」
「なぜですかっ──」
問うケガチのみぞおちに、純麗の膝蹴りがめり込んだ。
「てめぇの胸に聞いてみろ」
「……かぁ……がっ……」
ケガチの手足が痙攣する。
動けない。だから、考えてしまう。純麗はなぜそんなに怒っているのか。
(……彼女が苦しんだこと……身の回りに危険を及ぼしてしまったこと……それを怒っているのであれば、私はいくらでも受け止めましょう。《女王のリリック》で起きたすべては私の罪です。──ですが、わかりません……あなたの内側から沸き起こるその悲しみっ……怒り、絶望……苦しんでいるのは……)
「けっ、わからねぇだろうなぁ」
「……貴方は、貴方自身に苦しんでいる……その怒りは自分に向いているっ…… それがわかりません……どうしてですか! 私はクリスタル・キングダムとこの世界の結晶化を止めなければなりません! その覚悟をしました! それが私の誇りで、願いなんです! 貴方が自分を責める理由なんてどこにもないんですよ!」
「永遠に二つの世界を引き止めるリリックになるってんだろ!」
「そうです!」
「それでいいのか……」
「構いません!」
「なんでだッ!」
「それが、私の大切なものだからですっ!」
ケガチは胸に手を当てて叫ぶ。
これが自分であると再認識するように。
「たしかに……あなたが目にしたよう、あの国には多くの問題があります。女王制度は家族間に歪みを生みました。アンダのような反逆者は絶えず生まれます。大臣などはその席を明け渡すことを恐れます……リリックの才覚で見下される民がいることだって、よく知っています。ですが……それでも私はあの国が好きなのです!」
「…………」
「そう! 私はクリスタル・キングダムを愛しています! 私は母を愛しています。父を愛しています。ツツガ姉様も、親衛隊も、身の回りの世話をしてくださる宮仕えを、リリックを編む仕立て妖精たちを、元は別次元の存在だった種族を! 私はそのすべてを愛しているのです! だから守りたい! どうしてっ……どうしてそれをわかってくれないんですか!」
「わかってたまるかぁああああああッ!」
純麗は、ケガチの胸ぐらを掴んだ。
「わかってたまるかっ! わかってたまるかよっ! お前みたいな理屈っ!」
「純麗……さん……」
「お前に親に誂(からか)われて育った子供の気持ちがわかるかっ!? あたしは九歳の時に買ってもらった水着が十歳の時に着れなくなって、十一歳のときには指定水着のサイズそのものがこの世から無くなってた! おかげで水泳の授業は見学だよ! 十三歳になったらジャージも着れなくなって体育の授業はぜんぶ見学だった! それをあたしの親は取り合わないっ! 他人事だから笑ったんだっ!」
「なっ……にっ……」
「あたしは親なんて嫌いだ! 世間なんて嫌いなんだ! どいつもこいつも大っ嫌いなんだよッ!」
「それは……それって──」
「ああ、そうだよ! コンプレックスだよ! だけど、それがあたしなんだ! この口の悪さだって、粗暴さだって、ぜんぶ纏めてあたしなんだ! てめぇらはそれを踏みにじったんだ!」
「……あなたは自分のことが愛せないのですか……?」
純麗は答えない。
だが、その歪んだ顔は肯定だろう。
「……だから……クリーネを……」
「悪いのかよっ……期待してっ……──なにかが変わると思ったんだ。こんなあたしにだって、たった一度くらいチャンスがあってもいいだろ! それがこの様(ザマ)なんだ! 自分だけが惨めで、その上お前みたいな人間を目にしちまって、もう、トチ狂う以外どうしろって言うんだよっ! 私に教えてみろ! クソがっ! 地獄に落ちろっ! どいつもこいつも、地獄にっ……落ちてっ……しまえぇぇえっ……うわぁあああ!」
怨念の言葉を吐き出すと、純麗は嗚咽して泣きだした。
哺乳類は親なしでは育たない。心を育まれることなく肉体だけが成長したって、大人になれるはずないのだ。
「純麗……さん……」
ケガチは、心を砕かれた少女の頭を優しく抱いた。
胸に感じる嗚咽の振動に心が痛んだ。
「……それでも私は女王なのです……リリカル・エクステンション──」
純麗が纏う《女王のリリカル・クロス》に触れて、その力を開放すると、二人を包む虹色が広がり世界の結晶化を急速に溶く。
透き通っていた世界は輪郭を取り戻し、色味を出した。
それに応じて、時間が巻き戻るかのように壊れた街が修復された。完全ではない。大きな破片は元の位置に収まるが、細かな破片はそのままだ。
そこで、《女王のリリカル・クロス》は砕けた。
「──ケガチ様!」
虹色が止むとスロゥが降りてきた。
彼は気絶した純麗を支え、ゆっくりと地上に降りる。
傍らの筒型ケースから純麗の制服が飛び出す。スロゥはそれを纏わせた。
「陛下、ご無事ですか!」
「助かりました。しかし──」
雪のように散らばる、元は女王のリリックだった布。
魔法が解けて、消えていく。
「こちら側での酷使が祟りましたか。《女王のクロス》とはいえ、無理が過ぎます」
「リリックはまた仕立てればよい。クリーネには申し訳ありませんが……」
そこへ、ツツガが降りてくる。
リリックの中和に力を割いたせいだろう。砕けた右手を治癒すると、彼女の《リリカル・クロス》がはだけてしまった。
「姉様……」
「ケガチ……少し、疲れてしまいましたね……」
ツツガは変身を解いた。
それを確認して、ケガチはスロゥに目配せをする。
「……よろしいのですか?」
「頼みます」
「ツツガ殿、お許しください」
スロゥはツツガに向かって、指先からリリックを放った。
「……っ! スロゥ…………ケガ……チ……」
波動にあてられてツツガは眠った。
ケガチは、倒れる姉の体を抱きしめる。
「姉様、このような別れになってしまうことをお許しください。貴方の妹に生まれてケガチは幸せでした。──さようなら」
ケガチはツツガが首にかけていた筒型ケースを取り、それを手にして、スロゥが開けた次元の裂け目に消えた。
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