第六章「飢饉(ケガチ)たる女王」04
04
「……かはぁっ!」
地上のケガチは息を吹き返した。
スロゥが暴走した純麗の対処に集中したからだろう。彼女を縛るリリックが薄れていた。体にまとわりついている結晶を砕き、ケガチはやっと開放される。
空を見上げると、クリスタル・キングダムが透けて見えた。
「はぁっ……はぁっ……どうなってしまって……」
激しいリリックを放つ純麗。
それに対処するスロゥが蹴り落とされる。
アンダの炎。それを防ぐツツガ。
純麗は彼女ら二人を襲っている。
「……これ、なにがどうなってるの……まるで意味がわからない……」
リリカル・チェンジ。
クロスを纏ったケガチは空へ飛ぶ。
「この波動……ツツガ姉様も《女王のリリック》を仕立ててっ……だったら、私もこのリリックでは対処できない……」
ケガチは純麗の元へ向かう。
近づいてから、そのおどろおどろしい雰囲気に圧倒された。
感じる香りは自分の《女王のクロス》だが、今の純麗は知っている姿とかけ離れている。
ともかく、ケガチは声をかける。
「純麗さん、後は私が引き受けます! 私のリリックを返してください!」
「あぁッ!?」
「その時が来たのですから!」
「受け取らないだの、やっぱり返せだのッ! てめぇはてめぇで勝手なんだよコメツキムシぃッ!」
「なっ──」
純麗の長い脚から放たれる回し蹴り。
それはケガチの腹部だけではなく、その周りの景色ごと砕いた。
「かはっ……」
ケガチの意識が途絶えた。
コンマ数秒意識を失って、目を覚ました時、眼前に広がるのはアンダが降らせた炎の雨だ。
「──はぁあああっ!」
その下方の瓦礫からスロゥが飛び出した。
楕円形のバリアーでケガチに降りかかる炎を払う。
「陛下、ご無事ですかっ!」
「助かりました! 状況が読めません。純麗さんはなぜ暴走しているのですか!」
「女王の真実を知りました」
「なっ……もう、姉様ったらいつも勝手なんだからっ!」
「あれは私が押さえます。ケガチ様は、ツツガ様と共にクリスタル・キングダムへ避難を!」
「いえ。私は純麗から私のリリックを取り返します。スロゥはアンダと姉様を!」
「それはっ──」
「女王の命令ですっ!」
「仰せのままにっ!」
スロゥは高く上空へ飛び、アンダの対処に向かう。
ケガチは純麗へと翔けた。
「……そう、純麗さん……女王の役目を知り、リリックに心を振り回されてっ!」
リリックの波動を纏ったケガチの体当たり。
それを純麗は片手で簡単に受け止める。
「しかし、それは私の誇りなのです! 女王の使命を受け入れたとき、私はこの身をクリスタル・キングダムに捧げると決めました!」
「それがあたしになんの関係があるんだよォッ!」
「貴方が気に病むことではないのです! だから、《女王のリリック》を──」
「うるせぇッ!」
ケガチの言葉は、激しさを増す純麗のリリックに遮られた。燃え盛るような輝きが、一瞬でケガチを飲み込んだ。
しかし、ケガチはそれをすぐさま収縮させる。
「なにッ……」
「元は私のためのリリックです!」
ケガチは収縮させたリリックを弾けさせ、鱗粉をばらまいた。
激しい輝きは目眩ましだ。
その隙に純麗の纏っているクロスに手を伸ばす。
リリカル・エクステンション……リリックの開放を行えば、《女王のクロス》は緩む。真の使用者である自分であれば可能だとケガチは考えた。
だが、手が届く前に、純麗の前蹴りがみぞおちに突き刺さった。
「がはっ!?」
「ティンカー・ベル面(づら)しようったってそうはいかないぞッ! ガキみてぇな面した女が脳ミソ掻き回したって、大したこと思いつくわけねぇだろぉがッ!」
純麗の目は眩んでいる。眩しさで目を閉じている。だが、感覚を研ぎ澄ませてケガチの僅かな気配を感知していた。
未夢とやったことと同じだ。
さらに、純麗の体は帯電する。
アリスの真似だ。体に電気を纏わせるイメージで加速する。
「これほど使いこなせるのかっ──」
「くるぁァアアああああああッ!」
拳。 蹴。 蹴。
拳。 拳。 拳。
蹴。 掴。 拳。 拳。
ただでさえ純麗の方が体躯に優れている。
天性の運動神経。そして女王の力。ケガチはまったく反応できない。
わずかに見せた防御の動きも、純麗は先に感知してしまう。
「でぇああああッ!」
「なっ……なぜっ……それほどっ……」
痛みの中にケガチは感じる。
怒り、不安、悲しみ……純麗のリリックの中に混じっている絶望の波動だ。純麗の心は悲痛な叫び声を上げている。
「……口惜しむのですっ……あなたはっ……」
ケガチが纏っている《リリカル・クロス》に亀裂が入った。
女王の波動を受け続けて限界が来た。結晶化が進行し、そこに衝撃を受けるから砕け散ってしまう。
このままでは──と、思うケガチの上方から、もう一つの女王の波動が舞い降りる。
ツツガだ。
熱傷のような火膨れと傷を覆った彼女は、決死の表情で純麗に攻撃した。
「せぇああああッ!」
慣性のついた彼女の光が飛んでくる。純麗は探知していたが、避けるより蹴り飛ばす方が早い。回し蹴りでサッカーボールのように弾き飛ばした。
その隙にツツガはケガチの手を引いて距離を取った。
「ケガチっ! 無事かっ!」
「姉様っ……」
「私が《女王のリリック》を中和する。お前はクロスを取り返せっ!」
「はいっ!」
ツツガは力を開放する。
拳を固めてリリックを集中。銀河系のように輝くエネルギーを純麗にぶつけた。
だが、その直前に壁が出現し、それがまるでバネのようにツツガの勢いを包み込んだ。
「なっ……弾性っ!?」
「ネガティブ剛性(スティフネス)ハニカム・バリアーっ……」
純麗が構築したのは格子状のクッションだ。
これはただ衝撃を吸収するだけではなく、潰れた時に内部に柱ができる形状になっているため、非常に強度が高い。
純麗は内部のクッションが潰れた瞬間に反対側から拳を叩き込む。
この瞬間はただの壁だ。力は直にツツガの指に伝わった。
ぐちゃり……ツツガの指が潰れる。
「ぐぅうああッ──」
バリアーの壁が消えた。
純麗はツツガの首筋に蹴りを放った。胴体と直角になるツツガの頭部。その目は虚ろになる。
「姉妹になれば勝てるとか思ってんのかぁッ!? 三人集まったって馬鹿は馬鹿のままだッ! 馬鹿の姉は二倍馬鹿だッ! 姉妹丼なら三倍馬鹿野郎だぁあああッ!」
純麗の《リリカル・クロス》が輝く。
ツツガに手のひらを向ける。リリックの全開放、エクステンションの構えだ。
「地獄にぃィイイッ! 落ちろォオオッ!」
「きぃいッ──」
しかし、ツツガは砕けていない方の手を突き出した。
互いに最後の輝きを放つ。
「リリカルッ──」
「──エクス……テンションっ!」
純麗が放つ女王のリリック。
ツツガが放つ女王のリリック。
二つはぶつかり合って中和しあった。融合による結晶化の進行と、同時に広がる反結晶化のリリックにより、時空が揺らいだ。
一帯が虹色の波動に包まれた。
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