第五章「私の勇気、カミングスーン!」04
04
カチリッ──《女王のリリカル・クロス》の封印が解かれた。
飛び出した長い布が二人を包んで、やがて未夢の体へ張り付き、ドレスの形状へと変わる。そこから放たれるリリックは、適性を持つ純麗を通して、未夢に浸透した。
未夢は《女王のクロス》を纏っていた。
(……こ、これって……)
(……まじかよ。未夢とリリカル合体しちまったッ……)
(うわっ! えっ、純麗ちゃん!? 私の中にいるの!? 合体しちゃったの!?)
(まぁ、そんなところ……)
リリックの力で二人が融合する瞬間をフラップたちも見ていた。
「……なぁ、テイヘー。面倒なぁ……ことになってんじゃあねぇのかぁ……?」
「ああ、そうだぜ。フラップ。これで、消さなきゃいけない現地人が二人に増えちまったんだ。ったく。アンダを笑えないぜ」
「けどよぉ……消しちまえばぁ、笑われる煙も立たないだろぉ?」
「冴えてるぜ、フラップぅ……イィイイイーッハァアアッ!」
テイヘーはリリックの波動を放った。
複写の力だ。虹色の空を背景に、フラップとテイヘー、二人の像が無数に生まれた。
それぞれは意思を持ったかのよう飛び回り、その中に二人の実態も混ざる。
「いくら《女王のリリック》でもよぉ、使いこなせなきゃ──」
「──怖くないんだぜ。戦うってもよぉ……」
「俺たちのリリックはぁ、感知不能──」
「──打てるもんなら打ってみなぁ……」
「──その背中を撃ってやる──」
「──そう思わせて正面から来るかも」
「かもだなぁ。かも、かも、かも──」
「──かも、かも、かもさぁっ!」
空で混じる二人の声。
反響して位置は探れない。幻影も数が多すぎる。目で追うことができない。
(……未夢、想像しろッ!)
純麗は心で語りかける。
(心の魔法で何でもできるんだッ! 策を練ればあんなのだって──)
(……うん。大丈夫……純麗ちゃんと一緒なら! だいたい、あんなの、ぜんぶに攻撃すればいいんだもんねっ!)
(……へっ?)
体内に感じる純麗とリリックの波動、そこから受け取った力で未夢はイメージする。
すべてを破壊する神の化身、怪獣の姿。
「行くよぉ! ──『シン・ゴジラ』だぁあああああ!」
未夢は全身を紫に輝かせた。その背中から無数の細いレーザーが飛び出す。
プラズマ化の高音と白紫の輝きが、空の幻影を次々と切り裂いた。
「うおぉっ!?」
空の中で一人、丸々と太ったフラップがその熱線を避ける。
(避けたッ! あれだッ! あいつは実態だぞッ!)
(この機を逃さない!)
純麗と同時に未夢も反応する。
「行けっ! 〝無人在来線パァーンチ〟っ!」
未夢が腕を突き出すと、そこから10両編成の電車型エネルギーが飛び出した。
正面から突撃してくる巨大な直方体に、フラップは戸惑う。
「ぬおおぅっ!? なん……──ぐぇえッ!」
無人在来線に跳ね飛ばされたフラップの意識は彼方へ直送された。
(もう一人、細い人もいたよね!)
(……波動の揺らぎだッ……あいつらだって、驚けば心が乱れるッ!)
(揺らぎを探す……?)
目を閉じた未夢。サメのように感覚を研ぎ澄ませて、空に浮かぶ無数のテイヘーに意識を集中する。
(いた、あれだよっ!)
(しゃあッ! ぶん殴ってやれッ! 未夢、パンチの打ち方を知ってるかぁッ!)
テイヘーの本体はフラップがやられたことに戸惑っていた。それが自分をあぶり出すこともわかっていた。だから、地上の未夢に目をやると、
「だぁあありゃああっ!」
まっすぐ拳だけが飛んできた。まるでゴムのように未夢の腕が伸びているのだ。
「まさか! 悪魔の実か!? ぬおおおおッ!」
テイヘーはとっさに建物を複写して壁にする。
しかし、それらは粉々に砕かれて、瓦礫の中から現れたパンチ。テイヘーは顔面を、ドンッ──とぶち抜かれた。
(はッ! これが突き(パンチ)だぜッ!)
(すごーい! まるで銃(ピストル)みたーい!)
「ぐぁッ……ぬぅううッ!」
呻きながらテイヘーは激昂する。
離れた所で、頭を振って意識を取り戻したフラップも未夢を睨む。
「お前ぇ……こんなことをしてよぉ……」
「ただで済むかよ! 《女王のリリック》以外はどうでもいいんだ!」
「ああ、そうさぁ。後悔させてやるんだよぉッ……」
そうかもしれない。
こんなこと、いつかは後悔する日が来るのかもしれないと、未夢は思う。
(いつかはっ……だけどっ……)
(それは今日じゃねぇんだよッ!)
「──あれやるぞフラップぅ!」
「──沈めてやるよぉおっ!」
四人の感情に呼応して激しさを増すリリックの波動。
世界の結晶化が進行して、景色は彩度を失った。
太ったフラップが手のひらに光を溜め、打ち上げ花火のような爆発を起こした。飛び散る火花。その正体は隕石のような機械郡だ。一つ一つに目玉のようなパーツと、肩に凹型のレールがある。それが数えきれないほどの数、まるで流星群。
「そうぅうらぁあっ!」
細身のテイヘーがリリックの波動を放つと、その数えきれないほどの隕石が、さらに数十倍、数百倍の数になった。もはや流星群どころではない。空が埋まり、もう一つの大地が浮いているようだ。
隕石の全体が光る。レールが光る。
未夢は予感する。さっきのあれだ。レーザーだ。あの肩部のレールは熱光線を放つ器官だ。自分たちに向ってエネルギーの集中豪雨を降らせるつもりだ。
「徹底的にやってやる! こいつは実態の複写なんだぜ!」
「塵となって消え失せろぉ……っ!」
(ちぃッ……リリックをできるだけ流すッ! 防げるか、未夢ッ……)
(ううん。防ぐんじゃないっ──〝フォトントルピード〟を使うんだよっ!)
(……〝光子魚雷〟だと? 低温対消滅? ……そうか、エネルギーをっ!)
思考を共有した純麗はリリックを伝達する。
フラップとテイヘーの隕石から、豪雨のようにレーザーが放たれた。
未夢は空に向かって〝光の雪〟を放った。
空で〝光の雪〟が弾けた。すると、隕石のレーザーは静かに対消滅して、そこから生まれた輝きを未夢が吸収する。そして再び降らせる光の雪。ねずみ算だ。雪は爆発的に増殖しながら、レーザーをかき消していた。
「なにっ……」
「まさかぁ、俺たちのリリックをぉ……吸収してんのかぁっ……」
未夢の体が真っ白に光る。
奪い取ったフラップとテイヘーのすべてを攻撃へ転換する。
「空想だって人が生み出した叡智なんだ! 人を救うことだってできるんだ!」
透明になりつつある世界で、未夢はすべての力を吐き出した。
「これが〝テンダービーム〟だぁっ! いってしまえぇええええッ!」
全身から太い光を放った。
空で枝分かれして、さらに分かれて毛細血管のように広がる生物のような光だ。獲物に向かって粘菌のように触手を伸ばす。〝テンダービーム〟はフォトントルピードを吸収してさらに成長し、レーザーの雨を飲み込んで、隕石の山をも薙ぎ払った。複写した建物も、その残骸も、纏めて飲みこみ焼き尽くした。
結晶化が進行する。
「まずいっ──フラップぅうっ!」
「うおぉぉんっ!」
二人は空間に裂け目を作って、クリスタル・キングダムへ逃げた。その次元の裂け目が閉じる直前、光の筋(テンダービーム)の一部が次元を越え、透けた景色の向こうでクリスタル・キングダムの城壁を砕いた。
光が止み、狂騒が収まると、未夢の体からも力が抜ける。
肉体がぐったりとする感覚だ。《女王のクロス》も萎びたようにほどけ、変身が解けた。
「未夢っ! おいっ、未夢っ──」
ふらりと腰が抜けて落ちた未夢を、純麗は受け止めた。
「大丈夫かっ……喋れるかっ……」
「はぁ……はぁ……。えへへ……なんか、すっごい疲れちゃったぁ……」
「……馬鹿っ……馬鹿っ……」
「泣かないで、純麗ちゃん……私、頑張ったんだから……」
純麗は涙をこらえようとして、それができないから未夢を抱きしめて顔をうずめた。
肌に感じる純麗の振動に、これでよかったんだな、と未夢は微笑む。
(私、純麗ちゃんのヒーローになれたかな……)
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