第五章「私の勇気、カミングスーン!」02

   02


 葉桜駅前の商店街──。

 裏通りは古い景観だ。そこは昔ながらの弁当屋がある。

 店先にいたのはアリスだ。三角巾で髪をまとめたエプロン姿。カウンター前の受話器を取り、注文をメモしていた。

 電話を切ってから奥に声をかける。

「海苔から2、幕の内1、さば味噌が1でーす!」

「あいよぉ!」

「いらっしゃいまっ──……なんだ、あんたか」

 自動扉が開き、ベルが鳴ったので、アリスは反射的に声をかけたが、途中で止めた。

 入ってきたのが発泡スチロール箱を三段重ねした純麗だったからだ。弁当屋の近くにあるスーパーの制服姿で、その箱にもスーパーのロゴが印刷されている。

「仕入れでーす。受け取りのサインお願いしまーす」

「はい、どうも。奥までよろしく。冷蔵庫んとこね」

「一個くらい持ってよ……」

「アリス、そんなの持てないもん」

「……なんで、あたしが配達のバイトなの……」

「あんたのとこのスーパーがウチに品卸してるから」

「だからって力仕事……あたし、一応、女の子なんだけど……」

「うーん? ……うわっ! よく見たらあんたって軍手が凄い似合ってるぅ! 天職なんじゃなぁい!?」

「その頭にエチレンガス注入してやろうか」

 純麗はカウンターの横を通って店奥に向かう。

 数秒で空の箱を抱えて戻ってきた。

「てか、彼氏できないわけだな。いつも速攻で帰ってバイトしてんだから」

「しょうがないでしょお! アリスん家、経済難なんだから! 自分で稼がないと塾にも大学にも行けないの!」

「それを言うのも恥ずかしいから、学校に申請だけ出して黙ってたんだ」

「ああ、そうだっての! くそぅ……あんたに知られるとは……。──ここさ、うちの生徒が帰りに使う店じゃないでしょ。たいてい仕事終わりの社会人が使うから……アリスが貧乏でバイトしてたら、男子に幻滅されるじゃん」

「いらない心配でしょ、このボッカブリ」

「……電柱クソでか女……」

「……妖怪バナナヘッド……」

「身長ヤシの木女」

「カミキリムシ」

「魚くさいこけし」

「そっちも揚げ物くさい」

「んだとオラ!」

「あんだよタコ」

 そこでウィーンと自動扉が開いた。

 電子音のベルが鳴るので仕方なく二人は言い合いをやめる。

「ふん、ほら、お客さん……」

「ちっ! いらっしゃいませ、このコノヤロウ」

 入ってきたのは怪しい風体の者だった。

 安っぽい白髪のカツラに、サンタクロースの様なふわふわのヒゲ。サングラスで目元を隠している。さらに、夏場だというのにポンチョのような布。まるで体格を隠すかのように。

「……常連?」

「……アリス、初見すぎる……」

 その怪しい人物は挙動不審にカウンター前までやってきて、弁当のメニューと純麗、アリスの顔を交互に見た。そして、甲高い声で、

「あ、あのっ──じゃあ、海苔から弁当をっ……」

「あんた、未夢でしょ」

 アリスが冷たく突き刺した。

「百均で買ったの? そのカツラ……」

 と純麗だ。

「えぅ!? い、いえっ……私、未夢なんて人じゃありませんけどっ!?」

「学生鞄じゃん」

「はぅッ!」

「手作りの座頭市のキーホルダーつけてるし。北野武じゃなくて勝新太郎なんでしょ? 三回くらい聞いた」

「……うぐぅ……」

 未夢は観念して、変装を解いた。


 日が暮れて──

 バス停のベンチで、未夢は一人で待っていた。

 商店街から離れた真っ暗闇の中だ。

 隣で、くしゃり、と萎びているビニール袋は変装グッズを買った時のものだ。その横で未夢自身も、くしゃり、と萎びていた。

 バイトが終わった純麗とアリスがやって来る。

「ごめん、おまたせ。お腹すいてない? アリス、余りの唐揚げ貰ってきたんだ」

「──これ、おいしんだよ」

 と横から手を伸ばした純麗は、冷めた唐揚げを一つ食べ、もっちゃもっちゃと咀嚼する。

「んっ……」

 純麗はアリスから唐揚げのパックを奪い、未夢に差し出した。純麗なりの気遣いだ。

 しかし、未夢は「うん……」と小さく返事をするだけで手は出さない。

「……まぁ、なんだ。その……隠してたのは悪かったけど……」

「ごめん。アリスさ、あんまバイトしてること知られたくなかったから……」

「あたしも部活やってなかったし。家も大変だったから。それで始めたら偶然近くで……んで……あ~……」

 一言くらい言ってくれても良かったじゃん──と、未夢は表にはしないがそれを考えてしまい、純麗とアリスもそれを察して言い淀む。

 二人は隠し事をしていたことが後ろめたいし、未夢はそんな二人を疑ってこんなことをしたのが後ろめたい。それで、誰も声を出せなくなった。


   ◆


 フラップとテイヘーはこちら側の世界にいた。

 クリスタル・キングダムとの往復を繰り返し、任務を受けてから彼是(かれこれ)三週間。ずっと純麗たちを観察している。

 その夜、丸々と太ったテイヘーは雑居ビルの段差に腰かけて、クレープを両手にしていた。

 片方がバナナチョコ味。もう片方がキゥイベリー味だ。

「こっちの食い物はうんめぇなぁ……」

「……資源が豊富なんだろうよ。下流階級の人間でも紙を手に入れられるなんて、町外れにはどれだけ広大な土地があるんだろうなぁ」

 細身のテイヘーは、フラップの隣で漫画の単行本をめくっている。

「なに読んでんだぁ、テイヘー……」

「こっちの世界の書物だよ。挿絵つきの」

「子供っぽいぞぉ……」

「それが読み始めると止まらんのよ。そっちこそ、あんま食いすぎるんじゃねぇぞ、おい。──純麗とアリスってのはな、二人で《女王のクロス》を使いこなしてやがんだ。俺たちが負けるとは言わねぇが、結晶化の制限がある以上、楽な仕事とも言えない。長引けばケガチ前女王本人も出てきちまうんだよ」

「だからぁ……こうしてその二人が分かれるのをぉ、待ってんだろぉ……?」

「そうだ。そんで短期決戦を狙う」

「けどよぉ、昨日も一昨日もぉ、結局やらなかったじゃあねぇかぁ……」

 フラップはバナナチョコ味のクレープ最後の一口を口に放り込んだ。

 テイヘーが漫画のページをめくる。

「うっせぇな。いまエニエス・ロビー編のいいとこなんだよ。けど、隊長のスロゥ・バンだってうるさいからなぁ……もう少し観光したかったが、サボるのもこのあたりが限界か。くっそぉ! 続きが気になるぜ!」

 パンっ──と、テイヘーは本を閉じた。

 その単行本は青白い透明な光となって、手前の本屋に陳列されていた同じ単行本に重なって消える。

「二つの気配が離れたな。純麗とアリスが別れたんだ。行くぞ、フラップ」

 言われてフラップはキウイベリー味のクレープの最後の一口を食べた。

「あいよぉっと……」

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