第五章「私の勇気、カミングスーン!」01
01
目堂未夢は気づき始めていた。
(──あの二人……なんか最近、妙に仲が良くない?)
純麗とアリスだ。
ここのところ、一緒にいる場面しか見ていない。
元から仲良しになる気配はしていた。純麗ちゃんは口下手だけど、言われたらけっこう言い返せるタイプだし、アリスちゃんはどんな人にも合わせられるコミュ力の持ち主。あの二人は根っこの部分でどこか通じていて、だから、気が合うのは不思議ではないとは感じていた。
もしかして、嫉妬してるのかなと、未夢は思う。
自覚はあるのだ。自分という人間はいつも一方的で、熱くなると相手のことも考えずひたすら喋り続けてしまう。思いついたことを口にせずにはいられないから。
自分、自分、自分……。
気づいたときには、いつも手遅れ。
(……純麗ちゃんはそういうの気にしないみたいで、お喋り機関車とか、ミンミンゼミだなんて言うけれど、嫌な顔はまったくしない。いや、まぁ、つけっぱなしにしてるテレビみたいな感覚で、はじめっから聞いてないのかもしれないけど……それはそれでバランスが取れてるって思うんだよね。そうだよね。きっと!)
気になってしまったのは、アリスが入ってきてからだ。
例えば、今、お昼休みに三人で机を囲んでご飯を食べていると、アリスちゃんはまたグラフを表示してぼやいている。
「なーんで、アリスの順位、上がんないんだろう……」
「──なにが?」
デザートにリンゴを丸かじりする純麗ちゃんの目つきはまるでゴッドファーザーだ。
それに対するアリスちゃんの形相も悪い。気に食わない書類に目を通すギャングみたいだと未夢は思う。
「クラスの男子に聞いた《気になってる女子は誰ですか》アンケート……アリス、そこそこ異性の目は感じてるはずなんだけど、ぜんぜん投票されないの。人気ないのかな……」
「まだやってたの。そんで阿呆なの」
「なんだとコラ」
「目の前にいる人間の票なんて入れにくいに決まってるじゃん」
「……はッ! アリス、不覚っ……」
「ばーか……」
「えっ? じゃあ、もしかしてアリスってもっと好かれてるってことでいいの!? あんた、ちょっとアリスの代わりにアンケート取ってきなさい!」
「勝手に盛(さか)ってれば?」
こういう会話に未夢は入れない。
無理に入る必要はないとは思っている。ただ、時々二人の邪魔になっているのではないかと感じることがあるのだ。映研がある水曜日なんかがそうだ。
この前、偶然目にすることになったが、二人は化粧品を買いに行こうとしていた。
前日でも翌日でもなく、ピンポイントで自分がいない日にだ。
(……私、もっと、うまくやらないといけないよね……)
アリスちゃんの人間性を疑っているわけではないけれど、このままだと純麗ちゃんを取られてしまうような、そんな恐怖がある。本人らにその気がなくても、自然とそうなるのが人間関係というものだ。未夢にあるのは、自分だけが取り残されてしまう疎外感だ。
未夢には他の友達がいなかった。
夜、真っ暗にした自室で、未夢は映画を観ていた。
引っ越してきたばかりの新居は殺風景だ。火事になったマンションから必需品はいくつか運んできたが、部屋の角に適当に積んだままで、ほとんど手を付けていない。その中にノートパソコンもある。しかし、ネット環境が整っていないから、最近はスマートフォンの小さな画面ばかり見つめていた。有線のヘッドホンでその世界の音に集中して。
モニターが薄暗い金色に光る。
ドラムセット、シンバル、管楽器の音色。
未夢は『セッション』という映画を見ていた。
偉大なジャズドラマーを目指す青年の物語だ。手から血が滴るほどドラムを叩き続ける主人公は、家族の理解を得られず、恋人とも別れ、多くの人間と衝突し、それでも報われることがない。それでもドラムを叩き続ける。罵声を浴び、誰にも褒められないし認められない。それが悔しくてまたドラムを叩き、手から血を流し、痛む手を氷水で冷やして、またドラムを叩く。音楽の世界でひたすら苦しみ続ける狂気の天才を描いた作品だ。
未夢は彼の姿に、半分だけ自分を重ねていた。
誰にも理解されない自分。決して報われない想いを抱いている自分。
だが、もう半分は情けなさで切なくなる。
自分は彼の様に一生懸命なにかに取り組んだりしていない。
(……挑戦することも、誰かとぶつかり合うことも……意地を張って傷つきながら進むなんてこと、私はしていない……)
それが、映画の主人公と、ただの日陰者になる者の差だ。
映画『セッション』の主人公アンドリューは狂気の努力の末、最後には実力ですべてをねじ伏せた。ラスト10分の演奏は圧巻だ。
だけど、自分はそこに辿りけないだろう。
「…………。」
映画が終わると、未夢はうずくまる。
感動が半分。自分の弱さに半分だ。
◆
葉桜中央高校のチャイムが鳴った。
緊張感から開放された生徒たちから、背伸び混じりの声が聞こえる。
「やぁっと期末テスト終わったぁ~」
アンダの事件から約一ヶ月。もう七月の中盤だった。
未夢とアリスは純麗の席に集まる。
純麗は自分から動かないので自然とそうなる。
「やっべぇ……最後の問題ぜんっぜんわかんなかった……」
とうなだれるアリス。
そうとう苦戦したのだろう。疲れが顔に出ていた。
「まぁ、他のはどうにかなったんだけどね。あんたは?」
「ん~? とりあえず全部埋めたけど……」
「その涼しい顔すっごいむかつくんですけどぉ!」
「いいじゃん。そっちの方が成績いいんだから」
「中間はいくつかトップだったけど、今回はちょっと厳しいかも……」
「あたしはいつもどおり」
「とか言って中間ほぼ90点だったじゃん……未夢は?」
「──あ~……うん。二人には敵わないかなぁ……まぁ、平均よりは取りたいけど……」
授業についていけないわけじゃないんだけどな、と未夢は内心思う。
明らかに気合を入れているアリスちゃんはともかく、テスト前でも特に何もしない純麗ちゃんとは地頭の差を感じていた。
「一応、勉強はしてるんだけどね。映画観ると上書きされちゃってぇ……」
「あたし、趣味ないからなぁ……そう言う意味じゃ悲しいわ……」
「──あんたって、休みの日なにしてんの?」
「別に……ゲームはしないし、スマホも鞄にいれっぱなしだからほとんど初期設定のまま放置してる……最近はリリックの訓練はしてるけど、一時間程度だし……言われてみれば何やってんだろう。寝てるか、親父の部屋で漫画とか本とか眺めるくらいかな……」
「ちなみに、お父さんって何してる人?」
「建築士」
「ちっ!」
「なんで舌打ちした」
「……三人でどっかでかける? もうすぐ夏休みなんだし」
未夢が二人そんな会話を聞いていると、後ろの生徒たちの声も混じる。
「──商店街ってドンキとかの?」
「──そうそう。台風みたいに店内が散らかってたんだって。昨日の夜」
「──怖わー」
ああ、最近、噂になっている怪事件の話だ。
誰にも気づかれないうちに、まるで何かが暴れまわったかのように建物が壊れている。世界のどこでもなく、この街だけでそれが起きていた。
その話し声を耳にした瞬間、純麗とアリスが黙った。
互いに目をやっていた。
「……なに、その目配せ……」
未夢が問うと、二人は「えっ!?」と慌てた。
「な、なにがっ──」アリスちゃんが言う。
「だって、なんか意味深な態度なんだもん。もしかして、二人ってつき合ってるの?」
「んなわけないっ──」純麗ちゃんも必死に否定する。
「ふぅん……」
未夢は疑っていた。
この二人は明らかに何かを隠している。不意につき放されるようなことが少なくない。この感じ、もしかして噂の怪事件が関係しているのではないだろうか。
「そういえばあの不思議な事件って、私の身の回りでも起きてるんだよね。だってだって、先月の火事だっていつの間にか火が回っていて、誰も気づかなかったんだもん! ていうか、私、実は外に逃げた覚えがないんだよね……アリスちゃんは?」
「えっ──」
「だって、アリスちゃんも一緒だったじゃん。どうやって避難したんだっけ?」
「そりゃっ……階段でしょ……」
「そうだっけ? 他の人の姿見た記憶が──あっ、そう言えばもっと前に同じことがあった!」
「──うげっ……」
次に慌てたのは純麗ちゃんだ。
「私、貧血とかで気絶しちゃって、純麗ちゃんに喫茶店まで運ばれたでしょ? あの時の記憶もおかしくって──」
「そ、それはほらっ……貧血だからっ……」
「じゃなくてね。私、直前に誰かを見た気がするんだよね。純麗ちゃんほどじゃないけど背が高くって、ドレスみたいなの着てた外国人」
アンダのことだろう。
褐色の肌とリリカル・クロスが未夢にはそう見えたのだ。
「──はい、着(ちゃく)せーき。廊下誰かいるか~? 着席して~」
担任の声でその話題は打ち切られた。
しかし、未夢の不信感は消えたわけではない。
(これ絶対なにか隠してるって! いや……別に疑ってるわけじゃないけど? 意地悪で私に秘密にしてるとかじゃないと思うけど……二人ともそんな性格してないし……してないよね?)
自信がない。どうしても不安だ。
だから、その水曜日、未夢は部活をサボった。
◆
クリスタル・キングダム──。
アンダは虹色に揺らめく監獄の中にいた。
纏っているのはただの布だ。先の失態が知られた彼女は任を解かれ、親衛隊からも除名された。残りの人生のほとんどをそこで過ごすのだろう。褐色の肌は砂漠のように乾いている。
足音が近づいてきた。
アンダが目をやると、通路側に細身で長身の男が立った。
女王親衛隊の装いだ。
「……テイヘーか」
「結晶化刑を選ばなかったのも反抗の意思か? アンダ」と細身は嘲る。
「向こう側へ派遣されたのではなかったのか?」
「お前とは違ってね。女王のクロスはしっかり回収してきたのさ。ひっひっひっ!」
しかし、アンダの反応がないとわかると、つまらなそうな顔をする。
「あ~、やっぱ通じねぇか。女王がリリックを手にすれば波動で感じるよなぁ」
「……なんの用だ」
「なぁに。あらためて敵方の情報を聞きたいと思ったのさ。恩赦で開放される可能性のある結晶化刑を選ばず、あえて禁錮刑を望んだアンダ殿だ。反骨精神の隠し事を一つや二つ、残していないかとね」
「ディ・ズーの告発に付け加える内容はない」
「やっこさん。死んだよ」
「…………。」
「尋問にかけたら、いまのお前と似たような事を口にしてね。陛下の眼前で告白したとおりです……って、それを最後にご臨終。尋問がきつかったのかもな」
横から太った男が出てきた。
同じく親衛隊の装い。フラップという男だ。
「それが奴隷根性なんだよなぁ……うまいもんを他人に奪われたくなければぁ、ゴミ箱に捨てればいいなんてぇ……余裕のない弱者の思考回路だろぉ……」
「貴様らは、任務が果たせなかった腹いせに来たのか?」
「──お前さんが戻ってきてから、向こう側で何度も結晶化が起きててね。四、五回だったかな?」
と細身のテイヘー。
「リリックの適性がある現地人が暴走したんだろうよ。それを誰が解決したと思う? 《女王のリリック》を所持しているやつらなんだよ。様子見のつもりが、すっかり経験値を積まれちまって」
「面倒なことになってるんだよなぁ……」
「──ふん。陛下の前ではさんざん糾弾した者が、私と同じことを考えているのか」
「……なんだとぉ?」
アンダは鼻で笑った。
「隣の部屋が空いているな。お前たちの相部屋か?」
「……けぇ……。行こうぜ、フラップぅ」
フラップとテイヘーは背を向けて去った。
アンダは、やっと静かになったかと目を閉じるが、すぐに開いて黄色い瞳を廊下へ向ける。
「で、貴様は誰か」
「……姿くらましのリリックを見破れますか……」
「さっきの間抜け二人と一緒にするな」
何もなかった空間に、じんわりとローブ姿の男が現れた。
男は懐から小さなエンブレムを取り出した。
アンダは一瞥し、
「その模様……〝脱女王派〟か……」
「お会いしていただきたい方がおります」
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