第四章「クッキング・ヘル! 桃子様のお料理天獄!」01

   01


 葉桜中央高校の昼休み。

 1年B組の後ろの方の席、純麗はいつもどおり右前にいる未夢と机をくっつけた。

 今日の弁当はおにぎりとスパゲッティサラダとゆで卵とバナナだ。ぜんぶコンビニで買ってきた。

 そこにアリスがやってくる。アリスは自分の椅子を二人の机の横に置き、なに食わぬ顔でラップに包んだおにぎりとタッパーに詰めた昨日の夕飯の残り物を広げた。

 アンダの事件から一週間。あれから結晶化は一度も起きていない。ケガチ女王の言うとおり彼女は任務から外されたのだろう。そのおかげで純麗もやっと平静を保てるようになった。

 完全に元気になったと言えば嘘になる。

 まだ表立って活動していないだけで、クリスタル・キングダムからの刺客は水面下で準備をしているはずだ。だから、生活は取り戻していても、心の奥にまだ平和を信じきれない感情が残っている。

 その横で、ガザ、ガザ、ガザッ……と何かの音が鳴った。

「ん……?」

 純麗が目を向けると未夢だ。鞄から大きな縦長の紙袋を取り出した。さらに、それとは別のビニール袋からハムとスライスチーズ、瓶詰めのブルーベリージャムまで出てくる。

 ──まさかな。そんなはずないよな……。

 純麗とアリスは同時に思った。しかし、二人の想像どおり、未夢の紙袋から出てきたのはバゲットだった。

「嘘でしょ……あんた、それ持ってきたの……」

 アリスが問うと、

「うん! バゲットサンドだよ!」

 未夢はぐるぐる巻きのラップからパンナイフを取り出した。

 それでバゲットを切り、ハムとチーズとブルーベリージャムを挟んでかじる。

「ん~っ! 甘くておいし~っ!」

「──どういう発想……せめて、サンドイッチでしょ……」

 純麗も呆れる。

「だってだってぇ! 私ぃ、早起き苦手だからお弁当なんて作れないもん! いつも前の夜にお弁当を用意してね、お米だけ詰めてたんだよ! でもさ、思いついたんだよね。学校で作っちゃえばもっと早いじゃーん!」

 未夢は二切れ目のパンを準備し始めた。

 またもや、それに具を乗せてサンドする。

「バゲット丸々食べちゃうの?」

「流石にぃ? 半分は明日かなぁ」

「明日もやるってさ」

「──アリス、絶句かな……」

 目の前でパンナイフを扱う姿はなかなか目障りだった。

 しかも、未夢はお喋り機関車だ。

「そう言えばこの前観た『ブルージャイアント』ってアニメ映画ね、すっごい良かったんだよ! 音楽はいいし、感動でいっぱいのストーリーだし! 尺がないからか展開が力業なとこあるけど、もごっ、もごっ……あと、演出が漫画っぽすぎるのがシュールだね。漫画原作だからあえて同じ構図にしたのかな? あ、ジャムこぼしちゃった……アニメらしく綺羅びやかに光ったかと思えば、白背景でCGの三人が正面向いてうねうね演奏するのはやっぱおかしくってさ、変な笑いが出ちゃうんだ! まぁ、いい映画なんだけどぉ! 甘くておいしぃ~!」

「喋るか、パン切るか、具はさむか、食べるか、どれか一個にしろ」と純麗。

「──それ、勧めてるの? けなしてるの?」アリスだ。

「えへへ、超おすすめだよぉ!」

 未夢は満面の笑みでサムズアップした。

「ふぅん、アニメねぇ……アリスもガンダムとか見なきゃいけないのかなぁ……」

「おっ! ビッグタイトルだねぇ!」

「ロボ好きな男って一定数いるしぃ? 接点、作っとかなきゃなって……でも、ガンダムってどこから見ればいいのか、いまいちわかんなくてさぁ……」

「シリーズ多いからねぇ! ただ、個人的な意見だけど、ガンダム好きとロボ好きは別だと思うよ。『逆襲のシャア』や『閃光のハサウェイ』はロボの戦闘よりもその存在を前提とした世界観の軍事劇だから、ロボはあくまで舞台装置って感じだし。一方で派手に戦うシリーズもあるよぉ! そういうのは内容は大雑把だよねぇ!」

「だよねって言われましても。まだ観てないから……」

「私も映画化されてるものしか知らなーい! 一年やってるアニメってぜんぶで50話くらいあるもん。追っかけると大変だよぉ! 映画作品の方が絶対とっつきやすいよねぇ!」

「それってさぁ、テレビシリーズとか観なくてもわかるもんなの?」

「シリーズの繋がり気にするほどディテールまで作品観てないでしょ?」

「……あんた火がつくと結構きついこと言うよね……」

「また、一緒に映画観る? っていうか、今度こそ?」

「…………。」


 放課後、純麗は廊下のロッカーで、宿題で使う教科書を鞄に突っ込んだ。

 そこに、アリスが周りに人がいないことを確認しながらやって来る。

 誰もいないとわかると、アリスはつま先立ちで純麗のロッカーの中を覗き込んだ。

「モコモコちゃん、おはよーさん」

「おはようなの!」

 中でモップのように寝ていたクリーネが目を覚ました。

「夕方だけどね……」

 と純麗はぼやき、ついでに辺りを見張る。

「変わりは?」

「ないの! 大きなリリックの気配は感じないし、結晶化もずっと起きてないの!」

「そっか。アリス、固まっちゃう側だからわかんないんだよねー」

「きっと、クリスタル・キングダムも慎重になってるの! 純麗が適性を持ってること、アリスと二人で戦えること……それにケガチ様と手を組んでることも、ぜんぶ向こうに知られてるって考えた方がいいと思うの!」

「──それも大変だけどさ、周りに隠すので気が滅入る……」

 と純麗だ。

「あたしの家、やっと見つかったけどさ。微妙に遠いところになっちゃったし……土日なんか完全に一人だもん。そりゃあ、いざってときはあたしが《女王のクロス》を纏うけど……正直、もう一人で戦う自信ないよ……」

「学校にいる間は一緒にいられるけど、ここはここで人が多いからやりにくいもんね。アリスたち、自由の効かない学生の身分だし?」

「やっぱクリーネはそっちん家に置いといた方がいいんじゃない? それで結晶化中も動けるようになるし」

「駄目。アリスん家、他の人とか入れたくない。あとたぶんぬいぐるみなんて母親に捨てられる」

「──もしものときはケガチ様も手伝ってくれるの! みんなで力を合わせればきっと大丈夫なの!」

 クリーネはモコモコと言った。

 純麗はその柔らかい体を掴んで、自分の鞄に押し込む。

「むぎゅうっ! 純麗、僕の扱いがどんどん雑になるのぉ……」

「平気なのが悪いんじゃない?」

 様子を眺めてアリスが、

「てか、また図書室? 今日はいいけど、アリスも忙しいからいつも残れるわけじゃないし。それも問題だよね」

「毎日残ってるから、だんだん予習する範囲がなくなってきたな……あたし、宿題とか授業中に終わらせるし……」

「うわ、うっざ」

「うっさいな」

「それならやっぱり──」

「嫌だ」

 バタンッ──と純麗がロッカーを閉めた。

 その時だ。二人はやっと近くにいた存在に気づいた。

 未夢だ。

「純麗ちゃーん! あっ、アリスちゃんも!」

「ぬわっ!?」

 たぶん内容は聞こえない距離だったが、コソコソと会話をしていたのは丸わかりだっただろう。そんな二人に対して未夢は不思議そうな顔をする。

「……二人とも、いつの間にそんなに仲良くなってたの?」

「えっ……いやっ! み、未夢だって、今日は水曜だから映研でしょ……なんでっ……」

「ああ。それがね。上映会中止になっちゃんだぁ。トビー派とアンドリュー派とトムホ派の決着がつかなくてさ、そこにバースじゃなきゃどれでもいいよ派が入ってきたから、殴り合いの喧嘩になっちゃって……」

「なに言ってるかぜんぜんわかんない」

「乱闘が始まったから怪我する前に逃げてきたのぉ」

「映研ってそんな殺伐としてんの?」

「二人は? 一緒に帰るの?」

 聞かれて純麗は口ごもる。

「えっと……いや……」

「あっ! アリス、水曜は予定がないから図書室で自習してんの! で、こいつもまだ家がゴタゴタしてて、宿題はそこでやってるから……ねっ?」

「そっ、そうそう!」

「──ふぅん……」

 信じたのか、疑っているのか。未夢の表情はどっちとも取れる。

 しかし、しばらく無言で見つめ合っていると、

「でも、純麗ちゃん、いつも授業中に宿題終わらせてるよね?」

「ぐぶぅっ!」

 突っ込まれて純麗は呻いた。

 そもそも、純麗は勉強熱心ではない。典型的な〝言われた分しかやらない生徒〟なので、自習とは無縁のはずだ。

 すかさずアリスがフォローする。

「そう。それでね、今日はすることがないからっ……ちょっと、買い物に行こう……とか?」

「へぇ! どこ行くのぉ?」

「……コっ……コスメ?」

「えっ!? 純麗ちゃん、お化粧するのぉ!?」

「そ……そうっ! もう、そうっ! なのに、こいつ恥ずかしいからって渋るんだもん! そうだ、未夢も暇なら来る?」

「いいのぉ? 行く行くぅ!」

「じゃあ、ドンキ行くから──」

「あ、待って待って! 部室に鞄あるからっ……下駄箱で待っててね!」

 と未夢は去った。

 念入りにいなくなったことを確認してから、純麗はアリスを小突いた。

「ちょっとっ……なんであたしが化粧しなきゃいけないのっ……」

「しょうがないでしょ! アリス、他に思いつかなかったんだからぁ!」

「なんで連れてくのっ……」

「ここで一人だけ放(ハブ)ったら、後で気まずいでしょうが!」

「そうだけどっ……」

 純麗はわしゃわしゃと頭を掻く。

 純麗としては、未夢は最初にアンダに狙われたことがあるし、しかも彼女の家がなくなってしまったことにも責任の一端を感じていたから、なるべく今の件に巻き込みたくない。

 アリスもそれは察している。ただ、口下手な純麗では必要以上に距離を開けてしまうだろうからとフォローに回っていたが、どこか無理があるのは感じていた。

「なにか……言い訳作っとかないと……」

「ねー……」

 言ってから、アリスは顔を上げて、純麗の顔を覗く。

「……ちなみに聞くけど、普段、化粧とかしてる?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る