第2話 智也の初登校(1)

智也は妹・彩香として初めての登校日を迎えた。鏡の前に立つと、そこには見事に変装した自分の姿が映っていた。彩香に似せるためのメイクは完璧で、妹の指導もあって、なんとか服も着こなせている。しかし、心の中の不安は消えない。


なにより、下半身のスースーする感覚と、肌に触れる下着の柔らかな感触の違和感が半端ない。大丈夫、今の自分は彩香なのだと自信に言い聞かせる。


学校の門をくぐる瞬間、智也の心臓はドキドキと高鳴った。目の前には、彼が初めて見る「アートフル女子大学」の校舎が広がっている。その外観は彼にとってまるで別世界のように感じられた。


「アートフル女子大学」、通称「アート大(アートだい)」は、伝統と格式を誇る有名な女子大学である。校内は緑が多く、彫刻や絵画が展示されており、まさに「芸術の庭」といった雰囲気が漂っていた。


「女子大だから、男なんて一人もいない…」


智也はその事実を改めて噛みしめながら、心の中で緊張を増していく。ここで、彼は彩香として生きていかなければならない。妹の代わりに女子大で過ごすという不自然な状況に、どこまで耐えられるのか、不安が募るばかりだった。


校内はどこも清潔で、アートの香りが漂っていた。特に、キャンパスの中央にある「クリエイティブセンター」は、この大学のシンボルとも言える場所で、様々な創作系のサークルが活動している。


大学の特徴的な制度として、サークル活動には「ランクシステム」が導入されている。これは各サークルの活動状況や成果、社会貢献度、大学内での評価などに基づき、サークルのランクが決定されるシステムである。


最高ランクはSランク、その次がAランク、Bランク…と続き、最低ランクはEEEランクと呼ばれる。このランクによってサークルが得られる支援や活動範囲も異なっており、上位ランクのサークルには大学からの予算や施設使用の優遇措置が与えられる。


このランクシステムは、アートフル女子大学のサークル活動を活性化させるために導入されたもので、各サークルが競い合い、成果を出すことが奨励されている。特に、SランクやAランクのサークルは、大学外からも注目されることが多く、定期的に開催される地域イベントへの参加や、企業とのタイアッププロジェクトも積極的に行われている。


しかし、このランクシステムには厳しい面もある。活動が停滞したり、評価が低いサークルはランクを下げられ、最悪の場合、大学からの支援が打ち切られ、消滅の危機に追い込まれることもある。


彩香が所属する『美術サークル』はまさに現在、厳しい状況に置かれていると聞いていた。以前は活気に満ちていたが、今はランクが最下位のEEE(通称:ゴミだめ)まで落ちているという。昔はもっと高かったのに、トラブルがあって現在は消滅寸前の状態だと彩香から聞いていた。


「なんでそんなサークルに…?」と智也は思わず口にしたが、彩香が一年の時から世話になっていて気に入っている場所なのだという。サークル内のムードメーカーであった彼女がやっていたことを考えると、自分がこのサークルで何をするかが重要だった。


「これで…本当に大丈夫なのか?」


智也は慣れない服に戸惑いながら、サークル棟へと足を運んでいた。美術サークルの部室は、クリエイティブセンターの一角にある小さな一室。部屋の前に立つと、どこか古びた看板が掲げられていて、「美術サークル」と書かれているが、かつての輝きはすでに失われていた。


「ここで妹はどんな生活をしていたんだろう…」


智也はドアを開ける前に、深呼吸をした。彩香が楽しくやっていたというが、彼にはそれが想像もつかなかった。部屋の中で待ち受けているのは、一体どんな人たちなのか――。


「よし…行くしかない。」


意を決してドアを開けた瞬間、目の前に現れたのは3人の女子生徒たち。皆、智也のことをまじまじと見つめている。


「えっと、こんにちは…私、佐藤彩香です。」


智也は覚悟を決め、妹の代わりに挨拶をした。自分が佐藤彩香であることを装うことを意識しすぎたためか、違和感しかない挨拶をしてしまったことに内心焦る。


「やっと来たね、彩香!待ってたよー!」


明るく元気な声が響く。メンバーのことは事前に彩香から聞いていた。彼女の名前は桜。明るい栗色をポニーテールにしていることが多くすぐにわかった。スポーティな体型でラフな服装が印象的だ。彼女はサークルの中でも特に社交的で、いつもメンバーの雰囲気を盛り上げている存在だ。


「今日は初日だから、緊張しないでね!」


桜が近づいてきて、智也の手を握った瞬間、彼は心臓が跳ね上がった。女子たちの視線が集まる中で、智也はこの場にいることの現実感が再び押し寄せてきた。


彼は今、妹としてこのサークルで生活し、何事もないように「彩香」を演じる日々が始まるのだ。気づかれないか心配だったが桜は何も気にしていない様子だった。


サークルの中では、和やかな雰囲気が広がっていた。智也は自分が感じる服の違和感を隠しながら、周囲の会話に耳を傾けた。

ピンク色のカーディガンは柔らかく、体にまとわりつく感触が気持ち悪かった。スカートの裾が動くたびに、自分の動きが制限されているように感じた。女子の服を着ることに対する恥ずかしさが心の奥でくすぶっている。


「これからどんな活動をするの?」


と智也が尋ねると、他の女子たちが


「絵を描いたり、陶芸をしたりするよ。」


と笑顔で応えた。その言葉を聞きながら、智也は果たして本当にこの場所で「彩香」としてやっていけるのか、ますます不安になっていく。


「さぁ、これからも一緒に頑張ろうね!」


桜の言葉に、智也は何とか笑顔を返した。だが、心の中では、果たして自分が「彩香」として存在できるのか、ますます疑問が募っていった。

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