宴の後~8月6日の夜
第57話 そして、宴の後 1
この奉仕活動の間、一切男女の関係にあることをちらりとも見せなかった男1人女2人のグループというか何というか。この日運転士役として出勤扱とされていた中田信子嬢は、自ら酒食に手を付ける間なく披露宴の世話をした。そのまま街中の宴会場でコンパニオンかホステスをやってもすぐにやれそうな活躍ぶりであった。
酔うと今でいうセクハラを地で行くオッサンもいるが、そこはうまく交わす。何と言っても彼女の同級生の男子大学生がそこに面白おかしく参戦したものだから、これでまた必要以上に場を盛り上げてくれた。オッサンのほうも御満悦。しまいには周囲にしっかり聞こえる声でこんなことまで言い出す始末。
「ニイチャン、こんなエエオンナ、滅多おらんでぇ~。しっかり捕まえとけよ!」
なのだそうな。ちょっと間の悪いことに、実家が喫茶店で客扱には慣れているはずの女子大生が少し離れた位置から平静を装いながら見ている。そのとき彼女はそこに参戦して何か言いたい気持ちもなくはなかったが、話をややこしくしてもと思ったか、何も言わず完全に他人の振りをして別の客の酒食の世話をしていた。
「おい哲郎、あのザマを何と思うか?」
宴席で酒を飲んで上機嫌の森川園長が、横の大学生に尋ねる。
「人間の煩悩というか、こういう場はあのくらい盛り上がるくらいでちょうどいいとは思う。おじさん、そのことでひとつ、ぼくには嫌な予感がある」
「嫌な予感? あの中田さんや内山君、あるいは本田の陽子さんに関して、か?」
目の前の酒を飲み干した大宮青年が、少し間を置いている。横の森川園長が、目の前の徳利から彼に酒を注いでやる。それに手を付け、青年は述べた。
「違う。内山さんでも中田さんでも、本田の陽子さんでもない。あのおじさんでもない。そういう個々の人の問題ではない。ぼくが言いたいのは、あのおじさんと中田さんの一連の話の内容。ぼくが今聞いた限りの話の流れだ。あの手の話、確かにこういう席では盛り上がる。ぼく自身は嫌いじゃない。だけど、そういう言動を女に対する男の、あるいはその逆もあるかも知れないが、あの手の言動を良くも悪くも猫も杓子も社会的に問題にする世の中が来る。そういう懸念ですよ」
そこまで言い切って、彼は目の前の湯呑の酒を一口で飲み干した。
「わしが生きているうちはなかろう。ないことを祈る。じゃが、哲郎がワシくらいの年にもなれば、ひょっと、そういう世の中になるかもしれん。そういう社会が良いか悪いかは、わしにはとても論評できんけどな。ただそれが、ええ世の中と手放しでは言えないとだけ、貴君を通して遺言代わりに残しておこうかのぅ」
老紳士もまた、目の前の湯呑に残った酒を飲み干した。
・・・・・・・ ・・・・・ ・
朝から掃除に宴の準備、さらに海水浴に加え夕方には仕出し弁当の御馳走迄いただいて忙しい一日を送った中高生たちだが、さすがに疲れが出てきた。
もうこれは駄目だということでそそくさと食事の後を片付け、離れではいつもより少し早めに寝る準備を始めた。いつもなら22時くらいまで起きているものだが、この日は21時を前に順次男女別に布団に入って、育ち盛りの少年少女らは眠りについた。担当保母らもまた、彼らを見届けて眠りについた。
毎年ある行事とは言えない一日だっただけに、これは仕方ないだろう。
・・・・・・・ ・・・・・ ・
かくして、宴は終った。
森川園長はこの後住職らとの打合せもあるので、大宮青年とともにこの寺の本堂の客間に宿泊する。これは毎年恒例のことである。
唐橋夫妻は、この後妻の勤務する会社の系列のホテルに向かう。そこでこれから数日間、ゆっくりと過ごすことに。言うなら少し早い盆休みも兼ねてのこと。滞在中の宿泊費等をすべて会社が持つ代わりに、彼らは会社の宣伝に協力することに。現金な言動をする者には現金で対応をと言わんばかりの結果になった次第。彼らは後日、新婚旅行にも行く。それもまた、実は宣伝を兼ねたものであると言われている。森川園長や両家の親族に送られ、新婚夫婦は宿泊先のホテルへと国安氏の運転するタクシーで向かっていった。
中田陽子嬢は、宴会後帰宅の途に就く人たちを××院から児島駅まで送迎する系列会社のタクシーとは別に、若い知人らを自宅もしくは宿泊先まで届ける。彼女は普通車の運転免許を持っているがタクシーなどの免許は持っていない。いわゆる白タクを旅客輸送に関わる会社がするわけにいかない。あくまでも彼女は、友人らの送迎という役割を果たしたわけである。彼女が送迎したのは、母方の祖母の家で一人で住んでいる大山洋子嬢と佐藤大勢青年、それと奉仕活動に来ていて児島市内の親族宅に戻る浅野茂夫青年と、追って今日来た磯貝春夫青年の二人だった。太田景子嬢はこの日は保母の業務を兼ねて離れで子どもたちとともに寝起きする。
もう一つ忘れていけないことがある。彼女の友人で恋人でもある青年とその彼を何度も奪う若い女子大生。3人は今日も中田信子嬢の家に宿泊することになっている。どれも言うなら彼女の友人・知人。無論、対価はもらっていない。さすがにガソリン代は業務の一環ということで会社から実費弁償してもらえるが。2組の男女を宿泊先に送り切った後、彼女は内山青年と本田陽子嬢とともに自宅へと戻った。
「ごめん、今日はちょっとやることがあるから、ノブちゃん、どこか仕事の出来る部屋、あるかな?」
二人は一瞬呆気にとられたが、すぐに陽子嬢が事情を察した。
「サダ君、小説書いとるんよ。実はね、別の名前で官能小説も書いて、それで、何度か賞、もらってルンよ」
陽子嬢の話を聞いて、信子嬢はふと本棚に目をやった。そういえば岡山出身の大学生で官能小説を書いて連載されたって話があったっけ。気になって本屋で買ってきたけど、まさかあの本の作者が、中学校の同級生、しかも、目の前の青年?
彼女は本棚に向かい、その本と彼のことが書かれた週刊誌を持ってきた。
「この変な名前で小説を書いたの、サダくんだったン?!」
青年は、黙って頷いた。
「陽子ちゃんも、サダくんの書いたの、読んだことあるン?」
「もちろん。うちの父が文章を絶賛していたわ。母は、少し呆れていたかな」
陽子嬢はあっさり答えた。
「サダくん、上に私の勉強部屋があるからそこで。布団は適当に出して寝てね~。こんな小娘よりはるかにかわいいノブのニオイ付だぞー。うれしーでしょ」
「ワタシは全然、うれしくもうらやましくもないですけど!」
少しヤキモチ焼き気味に答える陽子嬢に、信子嬢は提案した。
「サダ君が小説家として成功するためのチーム、うちらで作らん?」
「それなら、大賛成!」
彼を小説家で成功させるチーム。洋子嬢は自らの活路をそこに見い出した。
「今日は疲れたし、今からお風呂に入ろうよ、みんなで。作戦会議はそこで!」
かくして彼らは一緒に入浴した。多少のじゃれ合いはしたものの、お楽しみは休日になる明日に回そうということで意見が一致。昨日もこの日のことがあったから特別に3人で盛り上がる雰囲気ではなかったが、楽しみがまた1日延びた次第。
風呂から上がると、内山青年は寝間着になる服を着て直ちに2階の机に向った。女性2人は、彼の小説と彼の出ている週刊誌の記事を読み合って夜を過ごした。
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