第53話 そして、それぞれの運命の時ぞきたる。

 日も暮れてきた。よつ葉園の中高生たちは海水浴から戻っている。本堂の離れで夕食が始まった。中高生たちに引率の保母、奉仕活動に入っている若い料理人と大学生。皆若い。個人レベルでは差こそあれ、皆よく食べる。

「口減らしなんて滅多でもない言葉、出すンじゃなかったな」

 唐橋指導員は、子どもたちが大いに食べる姿を見て思うことしきり。かく言う彼もまだ若い。よく食べる。

 もっとも、磯貝青年と太田保母だけは、この後の企画のこともあるから本堂のある建物の中に「軟禁」されている状態。そこで夕食を食べる。今はその方が彼らにとってはいいのかもしれない。

 程なく、中田信子嬢の運転するクルマで、合計3人の若い女性が来た。境内の駐車場に車を止め、買ってきた様々な物資を持って3人の女性は境内へと向かった。


 キャンプファイアーの準備は、すでにできている。

 時刻は午後7時30分。副住職の司会によってキャンプファイアーの開始が宣言された。住職のお言葉が簡単に述べられる。そこはもう、お約束。

 あたりもすっかり暗くなったところに、白い服を着た謎の男女が二人出てきた。たいまつに火を持っているのは男。彼も白い服を着ているが、鉢巻をしている。何やら書かれているようだが、文字はまだはっきりと見えない。

 やがて男と女は揃って松明を持ち、焚火台に火をつけた。そしてその松明を二人で持ったまま、周囲を一周した。


 景子命


 男の頭に巻かれたハチマキに目が向く。松明の灯がそれを明白に見せつける。

「やっぱりなー」

 おきゃんさあふれる山根麻友の声が境内に響く。

「ほんまじゃったんかー」

 高校生の男子児童に続き、皆一様に歓声を上げる。

 場内を一周した彼らは松明を焚火台に落とし、メガホンに持替えて宣言。まずは女の方から。火はますます燃え盛る。

「ワタクシ火の女神の大事な王子様より、これから重大な発表がございます。どうぞご静聴下さい」

 呆気にとられる中高生たちを前に、景子命の王子様が静かに言葉を発した。

「皆さん。まずはお聞きください。・・・。ワタクシのことではありません」

 あれれ、なんか違うぞ。この二人がどうってことじゃないの?

 そんな思いで彼らを見つめる中高生たちに向かい、王子様の御託宣。


[よつ葉園で児童指導員をされている唐橋修也先生は、先日、結婚されました。お相手は、成瀬初奈さんという方です。それでは、お二人の入場です。どうぞ!」


 夏物の背広一式を着た男性と清楚な夏物のワンピースを着た女性が腕を組み、燃え盛り始めた焚火台の前に現れた。

 まずは唐橋指導員、ついで初奈嬢があいさつ。やっぱりそうだったのかという思いで、中高生の子らは新郎新婦の挨拶を聞いた。それでも、こういう話は聞いていて楽しく嬉しいもの。新婦が話し終えるや否や、一斉に拍手と歓声が飛んだ。


「実はこの夏、このお二人にも春がやってまいりました!」

 磯貝青年がさらに続ける。何のこっちゃ、今もう夏やないか。そんな思いで呆れながら聞く彼らに、女神はさらに続ける。

「次に、このお二人に出て頂きましょう」

 出てきたのは、第5班から奉仕活動に入った佐藤大勢青年と大山洋子嬢。

 この二人もまた、この夏、ある決断をしたという。あまり知っている人たちではないが、この二人にも、子どもたちは祝福の嵐を送る。

 その次は、自由食堂に勤める浅野茂夫青年と大山美香保母助手。

 美香嬢はまだ19歳、浅野青年はまだ18歳と若いが、将来を約束し合っている仲であることがここで披露されてしまう。

「大山センセー! 保母さん辞めないでぇ~」

「アサノく~ん! ひっどーい!」

「もうやっちゃえやっちゃえ~!」

 主として女子児童の歓声。先ほどの男女に比べ年齢も近くいろいろな意味で親しみやすさがあるのか、より一層の歓声が上がる。


「ところで、自分たちはどうなのよ~!」

 ここで合いの手を入れたのが、本田陽子嬢。

「磯貝くーん! しっかりしろー!」

 これが内山定義青年。これ、今日のメインイベント開始の合図。

 その声を受けて、会社の車掌の制服を着てさっそうと現れたのが、中田信子嬢。

 否、ここでは中田車掌というべきか。かの会社では男をひっかけるために放送を使用した伝説の女車掌として知る人ぞ知る存在となりつつある今日この頃。

「さあ皆さん、この女神さま、誰だかお分かりよねー!」

 この声に反応するのが、第2班で来手一部始終を知っている少女たち。

「オータケーコセンセー!もうすぐ、イソガイケーコさんになるヒトー」

「こらそこ、勝手に決めるなー!」

 若い男性教師が女子生徒を咎めるように言い返す王子様。顔は真っ赤だ。

「真相はどうかは、これからしっかりとみんなで聞きましょう! それでは磯貝春夫さん、女神様に言いたいことあるんでしょ! この火の前でちゃんとと誓ってくださいね! しっかり話さないとー、火の神様からお仕置きよ~!」

 後に流行ったある少女アニメの主人公のようなセリフをとっさに叫ぶ信子嬢。その言葉に反応して、王子様は語り始めた。

 先ほどの女子にとどまらず、参加者はみな一様に口を閉ざして耳を傾ける。


 私は、岡山大学教育学部中学校社会科教員養成課程2回生の磯貝春夫です!

 よつ葉園のこの海水浴に奉仕活動で去年に引続き今年も参加させていただき、ありがとうございます。ぼくにとっての女神様・太田景子さんは、S高校時代の先輩になります。昨年この行事に参加して再会できまして、それからまた仲良くさせていただいています! ハイ!

(それから~~! と、女子中心の合いの手)

 中学校はまったく別でしたし、高校時代は特に景子さんとお話ししたことはありませんが、あこがれの人でした。それが天下の岡山大学に合格できてよつ葉園という養護施設を知って、この行事を手伝ってくれとある先輩から言われてきたら、あこがれの景子お姉さまに出会えました!

 これはもう、今日ここに来てくれている皆さんのおかげです。

 まだ大学生ですけど、実は私、近いうちに塾を開こうと思っています。今は大学での勉強の他、家庭教師をいくつも請負って将来に備えています。


 ここで少し、間があく。

 合いの手を打ったのは、かねて打合せをしていた大学院生の内山青年。

「景子さんをどうしたいって!?」

 3歳年長の文学部の先輩の突っ込みに、磯貝青年は即答した。

「メチャクチャにします!」

 歓声というよりどよめきに似た空気が伝わる。女神様は顔を下に向けている。少し間をおいて、磯貝青年はきっぱりと答えた。


 変な意味じゃないです! メチャクチャ、幸せにします! 

 ケーコちゃんを、メチャクチャ、幸せにしまーす! 


 少し間があいたが、やがて大きな拍手が沸き起った。

 今日の女神様は王子様の胸に飛込済。

「磯貝コール! そ~れ!」

 焚きつけたのは、本田陽子嬢だった。


い、そ、がい! い、そ、がい! い、そ、がい! い、そ、がい!

 

 中高生男子の大声援に手を上げて答え、場内を一周する男女の姿を、住職らは少し離れた場所で黙って見つめている。

「この企画、うまく行ったようですな」

 火の光に眼鏡を光らせる副住職の横で、温厚な顔立ちの住職が一言。

「様々な煩悩、偽善、そして善意と崇高なる心。様々なものがこの火によって融合され、人間は形作られます。若い人らには、この火の光を生涯忘れんでもらいたいものですな。今日は、本当によかった」

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