第52話 動き出す周囲 2 ~続々と児島入り
翌8月4日の朝8時30分。場所はよつ葉園の園庭。
少し早めに来園した森川園長の前には、男子2名と女子4名の計6名の中学生たちと奉仕活動で先週児島まで行った男女2名が集っている。
森川園長より、簡単に訓示が与えられる。
今年は、児島の××院で特別な行事をすることと相成ったため、一度すでに海水浴を終えている皆さんにも協力してもらう必要ができました。何卒よろしく協力してあげてください。これから児島に向かう道中は内山君と本田さんが同行してくれます。本日は××院の境内でキャンプファイアーをします。これは単なる遊びではなく、言うなら神聖な儀式を伴うもの。住職その他大人の皆さんの指示に従って、児島到着後は直ちにお手伝いをお願いします。
なお、時間が余れば、折角であるからまた海で楽しんでくれて結構。
それでは、気をつけて行ってください。
川上モータースに用意された2台のクルマに便乗して岡山駅へ。9時30分発の宇野行の気動車列車で茶屋町まで行き、そこから前回同様下津井電鉄の電車に乗換して児島へと向かった。この日のその列車の車掌は成瀬初奈車掌なのだが、なぜか名札には「唐橋」と書かれている。
しかし、そのことに子どもたちは誰も気づかなかった。いつものおねえさんの一人程度の認識はあったのかもしれないが、名札にまで目が行っていなかった。車掌さんも仕事だからということで尋ねるのを遠慮したのかもしれない。
女性車掌は茶屋町発車後案内放送を終えると、マイクを持って前の車両に乗車している2名の添乗者を呼出した。
「私の名札、誰も気づいていないわね」
少し年長の新婚女性が大学生の男女に尋ねる。
「あ、ぼくも今気づきましたわ」
「私も」
大学生の男女も気付いていなかった模様。
「バレたらその時、バレなければそのままでもいいから。とにかく今日は夕方には私も××院に行きます。それから今日と明日は、お二人はノブちゃん宅に泊って」
自分より若い大学生の男女が少し顔を赤らめたのを、彼女は現認した。
「なんか急に、忙しくなりましたね、今年は」
内山青年の言葉に、新たな苗字の名札を付けた女性車掌がポツリと一言。
「その理由は確かに私とシュウ君だけど、あなたたちもなかなかやるわねぇ」
彼女はどうやら、彼ら2人に加えて同僚も含めた3人の関係性をうっすらと気付いている模様である。中田信子嬢は、あの日の自宅での3人のことを人前で話してなどいない。うわさ話が飛んで広がることは明らかだから。さすがに三角関係の当事者が目の前にとなれば、無用な騒ぎを起こしてしまうではないか。あまり長く立話をしても難なので、二人は早めに中学生たちの待つ座席付近に戻った。皆いろいろな話に興じているが、特に関わりある男女の関係を話題にする様子はない。あったとしても、彼らの学校とその関係者の話ばかりのようである。
電車は児島駅に到着した。ニセとも言えなくなった「唐橋車掌」はよつ葉園の団体を見送り、下津井へと向かった。
「あのおねえさんって、確か、唐橋先生が毎年よく会っている人だよね」
4人組の女子児童の誰かが言う。
「気のせいかな。あのお姉さんの名札に「唐橋」って書いてあったような」
「ま、まっさかぁ~」
磯貝青年と太田保母の関係をキャッキャと言っていた中心人物でもある中3の山根麻友が少し素っ頓狂な声を上げる。彼女はこの手の話が好きだが、かと言ってデリカシーのない言動に走ったり、まして憶測だけで話に乗せたりはしない。
「でも、信也の言うことが事実だとすれば・・・」
麻友と同学年の大西由真がそこまで口にしたが、その後が続かない。いや、彼女の判断で続けなかっただけの話だ。
「早いとこ、バスに乗ろ!」
引率者の本田陽子嬢の一声で、コイバナは中断。バスに乗換して、彼らは先日も来た××院に到着した。
「また来てくれてありがとうな。それでは、早速お手伝い下さるかな」
第5班の本体は、現在塩生の海水浴場で泳いでいる。昼は弁当を食べて、夕方近くまで海辺で過ごすという。それまでに、彼ら6人とともにキャンプファイアーの準備をすることとなる。
男女6人の入所児童の中学生たちは、それぞれ寝泊まりする××院の離れにまずは荷物を置いて、本堂に集まった。大学生の二人は、本堂に直行している。
「まずは、お茶でもどうぞ」
若いお坊さんが冷たい麦茶を運んできてくれた。少し休みながら打合せを終え、6人の中学生と2人の大学生はこの夜の準備に取掛かった。昼食には、おにぎりなどの軽食が浅野青年らによって提供された。
・・・・・・・ ・・・・・ ・
続いて、12時少し前のよつ葉園。保育を総括する山上保母に促され、太田景子保母はこの日の学童保育の業務をここで中断する。昼寝の後までが本来の業務時間ではあるが、この後別の仕事が入っているため今日はここで子どもたちとお別れ。彼女の代わりに、別の保母がサポートに入ってくれることに。
彼女と生涯を添い遂げる男性がこの地に来ている。園長室に行くよう小畑書記に促され、彼女は園長室のドアをノックした。確かに彼は来ている。
「太田先生、お疲れさんじゃ。王子様もお越しであるぞ」
森川園長はいささか茶化しながら彼女をねぎらった。
「川上君が迎えに来てくださっているから、それでは、行ってらっしゃい」
彼らは直ちに用意している荷物を持ち、川上氏の待つ車に乗って岡山駅へ。西口であれば踏切にかからない。わずか10分も経たぬ間に岡山駅に到着。ここから12時32分発の宇野行きの気動車列車で茶屋町に向かい、そこから下津井電鉄に乗換して児島に向かう。彼女たちは、電車に乗るや否や放送で呼出された。
この列車の車掌は、眼鏡をかけた大山洋子嬢。
「お二人に伝言です。児島に着いたら、中田信子さんという弊社の車掌さんがクルマで迎えに来てくれていますので、そのクルマで××院に向ってください」
眼鏡姿の彼女に、男子大学生が少し照れている模様。
「中田さんって、どんな感じの人ですか」
とってつけたようにも思える男子大学生の質問に、大山車掌が答える。
「私と同じ制服を着た女の人がいるから、その人を探してくれたらいいわよ」
隣の青年が彼女の声にいささかいつもと受けているのと違う感じの色気を感じているのを、隣の女性は見て見ぬふりをしている。
「わかりました。ではそのように」
そういって、彼らは車掌の位置から最大限離れた場所へと移動した。そこまで移動させたのは言うまでもなく、女性のほうだった。
「まさか春クン、あの車掌さんに一目ぼれした?」
「確かにかわいい人だけど、そんなわけなかろう。何ならハチマキ出そうか?」
「何のハチマキよ、恥ずかしいからやめてって!」
彼女とて本気で怒っているわけではない模様。まさかそのハチマキというものを彼が持参しているとは夢にも思わなかったのだから。
児島駅に到着した彼らは、難なく中田信子嬢を見つけた。彼女のクルマに乗り、14時過ぎには××院に到着した。先に児島入りした中学生たちも、塩生の海水浴場に行ったとのこと。住職らとともに、この二人に加えて中田信子嬢も打合せに加わった。今日の火の女神の一人は、太田恵子保母。キャンプファイアーが始まるまで、彼女は第5班の子らの前に姿を見せないよう申し渡された。
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