第51話 動き出す周囲 1 ~現地と本部

 第5班は中学生主体の班である。このくらいの年齢になると食べ盛りであるから用意された飯はどんどん減っていく。彼ら彼女らの食事を提供するのは自由食堂に勤める浅野茂夫青年と、これに加えて今日から急遽倉敷の実家から駆けつけてくれた岡山大学工学部の4回生である佐藤大勢青年。来年度の大学院進学がほぼ決まっている。彼は浅野青年が交際する女性の従姉である大山洋子嬢の小学生からの幼馴染で彼女より1歳下。実は彼、工学部の学生ではあるが料理が趣味。それでなんと大学でのその絡みのサークルの創立メンバーでもある。そういうことであるならば是非夏休みにこの奉仕活動を手伝ってくれ、ということになった次第。

 それが証拠に、今日の昼はいかにもな男飯。実はいささか繊細さもある精進料理なのだが、それを如何にも男飯風に仕上げている。これまで第1班から第4班までの最初の昼食とほぼ同じ材料なのに、見た目がまったくと言っていいほど異なる。

 料理というのは、同じ材料でも腕ひとつでいかようにも表現できるものなのだ。

 食事も終わり少し休むと、まずは塩生の海水浴場へ。今回は打合せで忙しい唐橋指導員の代わりに先の二人が男子児童ら、保母2人が女子児童らとともに海辺の水浴びと泳ぎを楽しんだ。3時間近く遊びときに休み、夕方に××院に戻ってきた。海水浴場のシャワーのおかげで、今日は××院の離れは風呂を焚く必要がない。

 かくして第5班の初日はいつものように終った。男女別の間であたかも修学旅行の旅館のように布団を並べて寝る。この日は男子の付添もあるので唐橋指導員もその離れで寝ることに。彼がここで寝られるのは、今年に関する限り最初で最後。彼の立場を考えればそれも仕方ない。明日からのことを考えると離れで酒をいただいている場合でもないし、中高生ともなるとこんなところで問題を起こさないくらいには皆分別盛りである。彼にとって、この場所でゆっくり寝られる唯一の日であった。

「唐橋さんお疲れみたいじゃ。しっかり寝させてあげようで」

 この団体の中で男子唯一高校生の男子児童が、少し年少の子らにそっと述べた。思うところあったのであろう、中学生たちもその言葉に深く頷いた。

 彼らはまだ、唐橋指導員が結婚したことを知らない。なお、保育の保母と磯貝青年が付合っているらしいことは、すでに一部女子たちより伝わっている。


・・・・・・・ ・・・・・ ・


 一方、こちらは昼過ぎの岡山駅前の寿レストラン。森川園長は大宮青年と打合せとも愚痴の披露ともつかぬ話で精神状態を落ち着かせようと必死であるところ。思うところあって、公衆電話を借りてよつ葉園に電話をかけた。

「太田さん、磯貝君と連絡取れるか? 今日中にじゃ」

 日中保育と昼食を終えて子どもたちに昼寝させている午後2時前。小畑書記が事務室にいた太田保母につないだ。彼女はこの日磯貝春夫青年と夕方会う予定。彼が夕方よつ葉園に立寄るという。

「今日の5時に、春クン、じゃないや、磯貝君はよつ葉園に来てくれます」

「左様か。ま、人物が特定されていれば呼び名は問題ではない。貴君の王子様にお話があるので、来られ次第園長室に案内してください。よろしいな」

「はい、わかりました」

 電話は2分とせぬ間に終わった。ギザギザ入の10円玉が一つ、電話機の中に吸い込まれた。

 公衆電話を離れ、大宮青年がいるソファー席の向いに戻った。

「明日、彼女と磯貝君を追加で児島に派遣することにした。副住職さんのご発案で明日の夜キャンプファイアーを××院の境内で実施されるとのことである。塩生の海水浴場も考えたが、海風による火事の危険を理由に住職に止められたとな。その企画の一環として太田さんと磯貝君を呼んで欲しいとの御提案。切れ者な御方ではあるが、なんでまたあの子らぁを?」

 大宮青年は老紳士の出したワードとかねて見聞きした状況を踏まえ、即座にその意図を悟った。


 副住職さんの申入れ、現段階のぼくの見立てはこうだ。

 まずキャンプファイアー。

 これは唐橋さんご夫妻の結婚式前の前夜祭の位置付。となれば人手が少しでもあるといい。明後日の結婚式のことも考え、人手としてあの二人を呼ぶ。ただしこれは表向きの理由。副住職さんのご意図は、そこであってもそこではない。

 あの二人、確かに交際していることが第2班の行事中にそれとなく仄めかすような形で発覚した。先方にはすでに第5班の中高生が行っているが、明後日のこともあって先に年少児童らの面倒を見ることを見込まれた男女6人が、明日昼までにも現地に合流する。今は特に病気や他の予定でよつ葉園に残っている中高生はいないから、明日から木曜の夕方まで中高生は全員××院にいる。

 となればあの二人、特に太田さんが結婚前提で磯貝君と交際していることが面白おかしくあの子らに伝わることは明白だ。すでにみんな知ってのことかもしれないが、知られていないにしても、完全に知れ渡るのは時間とその経緯の問題でしょ。時間はいいが、問題はその経緯のほうだ。

 だったら、先日彼らの実態を知ったと言えばいささか大げさだが、そんな二人を改めて××院に送って、キャンプファイアーという場を通して、みんなの前でお披露目をする。子どもたちと焚火の前で明らかにすることによって一種の「けじめ」をつけなさい。これが副住職さんの意図されたところではないかな。住職さんは穏やかな方とかねて伺っているが、そのような内容であれば快く了承されるのではないかと、ぼくは思料した次第です。

 どうせなら、みんなまとめて盛り上がれってことでしょうよ。

 火の粉を巻き上げて燃え上がる炎のように、ね。


 目の前のアイス珈琲を飲み干し、青年は対手の反応を待っている。老紳士はこれまでの疲れがスッと引いていく心地を今、味わっているようである。

「ちょっとあんた、冷えとるコーラ2本くれるか。氷とグラスは、ええわ」

 森川園長は近くのウエイターに追加を依頼した。程なく瓶2本が提供された。乾杯するともなく、彼らは女体をかたどった瓶の中身をその上の口からじかにひと口よりはいささか多めに飲み込んで、いったんテーブルに置いた。


「いやあ、哲郎の話を聞いてスッキリしたわ。後は野となれ山となれ、燃えろよ燃えろよ炎よ燃えろ、世もエロ? エログロナンセンス、大いに結構であるっ!」

 何を言い出すのかと唖然とする青年の前で、老紳士はコーラをもうひと口。

「おじさん、ちょっとちょっと! 周りの人が皆びっくりされているよ」

 破顔一笑、老紳士は答えた。

「なるようにしかならぬ。否、なるようになる。先ほどの貴君の弁を拝聴いたしたる小生、今こそ悟りを開きけれ。考えてみるに、うちの業務の範囲内においての限りでは醜聞、英語でいうところのスキャンダルはひとつもない。それを申すならむしろおめでたい話ばかりであろうがな。これが慶事でなくして何とやら。まずはひと夏の出来事に、乾杯じゃ!」

 目の前の青年、冷や汗ものの苦笑を浮かべつつ老紳士と瓶を軽くぶつけ合った。


 この後よつ葉園に戻った森川園長は、帰宅前の太田保母と立寄った磯貝青年を延長室に呼び、翌日のことを伝えた。彼らは明日昼から児島に向かうこととなった。


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