ついに第5班の児島行
第50話 最終班の出発
8月4日月曜朝9時30分。森川一郎園長臨席の上第5班の結団式が行われた。
2週間4班にわたって行われてきたこの行事も、あとはこの1班が行って帰ってくると終り。今回は中学生男女と数名の高校生で結成されている。引率者は唐橋修也児童指導員の他、大山美香保母助手と犬飼すみれ保母の3人である。
第2班に同行した太田景子保母は昨日は日直と当直で出勤し、今日も日中保育。その代わり明日の昼から日曜まで代休と休暇等々でお休みとなる。さらに、第3班と第4班を引率した奉仕活動の大学生2名については、唐橋夫妻の結婚式に参加する第2班の女子中学生4名と第1班の男子中学生2名を連れて火曜日の昼より、少し早めに児島まで引率することがこの日の朝礼で追加決定した。本来は水曜からの予定であったが、住職からの提案があって前倒しとなったため、昨日の喫茶窓ガラスでの依頼をもとに急遽決定したもの。何故そのような措置がとられることになったかは、後に詳しく語ることとする。ともあれこの件は、今日の移動に際して森川園長の伝言を受けた唐橋指導員より現地の関係各位には周知される。
今年のこの行事、何分にも今どきの言葉で言えば「サプライズ」の連続。森川園長は何だかんだで対処を重ねてきたが、さすがに疲れも出始めている。
一方で、8月のこの週より森川氏にとってはありがたい援軍もできた。定年を経て隠居中の清田栄氏を8月から副園長の役職で招聘しており、この日から勤務していただけることとなったのである。清田氏は現在63歳であるが、郊外の丘の上にある自由が丘学園の職員を経て、さらに最後は園長として非行児童・生徒の指導に長年にわたりいそしんできたが、この3月で同学園の園長職を退任して退職し、しばらく悠々自適の日々を送っていた。副園長格の唐橋修也児童指導員をサポートしてもらうことで、将来的に幹部職員として育ててもらうことも含めて正式に副園長として招聘した結果である。もっとも清田氏はこの8月からの勤務でしかも高齢でもあるから、この海水浴の行事には参加しない。
「ほな清田さん、済まんですけどわし、ちょっと出て参ります。夕方までには戻りますから園内のことはよろしく頼みます。もし何かありましたら、山上さんにお聞きいただければ」
「承知しました。大宮君と御相談ですかな?」
「そうです。彼の将来のためでもあるが、何よりわしのほうが疲れてな。若い人の助けがいりますのや。清田さんもお分かりジャロウ。この仕事場でこの役職いうのが如何に孤独で厳しい仕事か」
「よう承知しておりますよ。ほな森川さん、行ってらっしゃいな」
かくして森川園長は自ら園長兼理事長を務める職場を出て駅前へ。
先ほど電話しておいたこともあり、このよつ葉園の卒園生でもある川上モータースの社長が自家用車で送って行ってくれることになっている。
「何ですか先生、今年はなんかエライお疲れですな、この時期にしては」
「まあその何じゃ、川上君、くっついたくっついた。そればっかり。ひと夏で済まんくっついたがいくつとなく出て、わしゃア、たまらんわ」
「若い人が多いわけで、それはそれで健全でええのとちゃいますか?」
「まあ、基本的には、な。ただ、ちょっといかがなものもないわけでは、ない」
川上氏は後部座席に乗る老園長の苦悩を察し、それ以上の詮索はしない。
「鶏口となるも牛後となるなかれ、そう言いますよね。私も先生もそのなんです、ニワトリの口かトサカか知らんが、立場的にはそんなものですよね。牛の頭のあたりはわかりませんけど、鶏の頭とはいえ、その一番上ってのはええように思われるクチやけど、そんなエエものチャイます。どんなに周りに人がいようが、心は常に独り。孤独なものですわ。かく言う私だってそうです。家族もいるし従業員もいますけど、そんなものクソの役にも立たんほど孤独なものです。社長業はじめ頂点に立つ者は。誰もがとまでは申しませんが・・・」
実も蓋もない言い方だが、川上氏は言わずにはおれない。山陽本線の上下線の往来はあまりに頻繁である。開かずの踏切であっても開くのを待たざるを得ない。西に東に時に北に、駅前の踏切をさまざまな列車が走り抜けていく。
「哲郎に士郎。あの子らもいずれ嫌ゆうほど経験するじゃろう。その厳しさを」
やがて開かずの踏切を渡ることまかりなった。もうすぐ駅東口。目的地である岡山駅前のことぶきレストラン前に到着。老紳士は礼を言ってクルマを降り、レストラン前で待っていた大宮青年と合流して店内へと入っていった。
・・・・・・・ ・・・・・ ・
第5班は中学生以上の団体。多少のおしゃべりはあるが淡々と目的地に向かってこの団体は進んでいく。特に問題も起きない。岡山駅から前の4班と同じ列車に乗車して茶屋町へ、そして接続する下津井電鉄の軽便電車に乗って児島へと向かう。児島から先は、バスに少し乗れば目的地の××院である。
この日の茶屋町から先の車掌は大山洋子嬢。眼鏡をかけた少し小柄のかわいらしい20代前半の女性である。彼女は特にこの団体の誰かを業務連絡と称して呼出すことはなかった。あるとすれば、唐橋指導員と確認程度の会話を交わした程度。
電車はいつものように児島市のターミナル駅である児島駅に到着した。ここからは倉敷方面へのバスに乗ってしばらく行くと、毎年遊びに来ている勝手知ったるお寺と離れがある。バスは数分間児島の市街地を走り抜け、少し街中から離れている××院手前のバス停に到着した。
「皆さん、今年もようこそおいで下さいました。まずは、お寺に参りましょう」
まずはお寺に?
普段ならさあどうぞという程度の話し方をされる住職の言葉が、いささかならず変化しているな、と。この職場に短大を卒業して5年になる犬飼すみれ保母はその微妙な差を即座にキャッチした。そのことは誰にも言っていないし、言うほどのことでもないかとそのときは思っていた。
大山美香保母助手は、その言葉自体に何か反応したわけではない。昨年夏より交際している1歳年下の浅野茂夫青年からかねて話に聞いていたとはいえ、何分初めての業務であり、その言葉だけで特に何か感じたわけでもない。まずはお寺に行って旅装を解きましょうと、そんな程度の意味合いかと思っただけ。
もう一人、唐橋修也指導員はこの後のいわゆるサプライズについて、実は結婚している妻よりかねて聞かされているのでびっくりということもない。要は手品のカラクリを分かって聞いているようなもの。それ以上に、この週末に至るまでどのような日程で周囲の人々が動くのかが、実のところ自分から起こしてきたことが形を変えて具現化されていく。彼は、何かしらの高揚感と胸騒ぎ、そこにちょっとした不安が刺身のワサビのようにピリリと添えられているような心地を味わっている。
中学生を中心とした一行は、住職に導かれてこれから怒涛の4日間を過ごすことになる××院の離れへと案内された。子どもたちも、この後何が起こるかを詳しくは聞かされていない。すでに第1班と第2班で年少の子らの付添を兼ねて先に来た中学生男女たちが後程ここに来ることも、当然知らない。その一番の原因となる、彼らに普段接している大人の男性の結婚は、いわずもがな。
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