第45話 第4班の帰路

 一方、こちらは3泊4日の海水浴を終え、帰宅を迎えた××院の第4班。

 昼食が終ってしばらく休憩した後、この第4班の子どもらと保母2名、それに付添の男女2人は××院から近くのバス停に歩いて移動した。住職がいつものように見送ってくれた。バスに乗って10分もせぬ間に下津井電鉄の児島駅である。


「内山さん、全員の切符を用意しました。ご確認ください」

「本田さんありがとう。では、ホームに行きましょう」


 大学生の男女二人はどちらも世知にも長けている。このような場所に慣れない子どもたちと保母2名をそつなく引率し、ターミナル駅の電車がやってくるホームに移動した。今回は先頭のほうの車両に乗るよう、男性駅員が誘導してくれる。

 程なく、電車が下津井からやって来た。駅員の誘導に従い、降車客を待って十数名の団体は前の車両に乗込んだ。陽子嬢はふと列車の後部を見た。見知った顔の女性車掌である。3日前にこの第4班を引率してきた成瀬改め唐橋車掌。名札は間に合っていないのではない。意図的にもう1週間は前のままとされている。

 これはちょっとヤバいかしら。陽子嬢の女の勘が働く。横の内山青年は淡々としている。特に何かを感じている気配さえない。

 定刻で電車は茶屋町に向けて発車した。しばらくはいつも通りだったが、数駅先まで進んだ頃、突如案内放送が入れられた。


「お客様に御案内致します。岡山市内からお越しの団体の責任者の方、内山定義様と本田陽子様、業務連絡を言付かっています。後ろの車掌室までお越しください」


 ついに来たか。陽子嬢は腹を決めた模様。平静を装うものの、同行の男性が内心慌てふためき始めた。今日の車掌が同級生の彼女であれば何とかなったが、よつ葉園の副園長格でもある唐橋児童指導員の妻となって間もない女性からの呼出。間違いなくあのことを指摘されるかな、と思った。実は彼女たちも出発前に関係各所からその事実を知らされていた。無論全事業が終了するまで他言無用であることも。

 二人は担当保母らに事情を告げて車掌のいる場所に向った。

「お二人に業務連絡っていうほどのことではないけど、いいかしら。来週8月6日の水曜日に、唐橋修也さんと私の結婚式を××院で行うことになりました。それでお二人にもお越しいただきたい。その際だけど、これは思うところあって昨日うちの修也君が森川先生を通して内々に私に聞いてきたの。修也君、一体全体何考えたのかわからないけど、来られるならお二人を児島駅まで中田さんに迎えに行ってもらって式とその後の宴会に参加していただいた後は彼女のお宅に泊らせてもらう方向でどうかって。ノブちゃんに聞いたら、あのお二人は喜んで大歓迎ですって。そのかわり、他の人までは受入不可らしいわよ」

 大学生の男女は顔を見合わせ、程なく平静を装っている積りで成瀬車掌というよりも唐橋夫人に答えた。

「その日、私ゼッタイ、参ります」

「ぼくも、夏休みで特に予定ないです。一も二もありません。喜んで参ります」

 その答えを聞いて、唐橋夫人はさらに何か胸騒ぎのようなものを感じた。明らかに嬉しそうな二人の顔が目の前に展開している。

「じゃあ、今日帰ったらすぐに園長先生にお伝えしてね」

「わかりました」

 電車は天城駅を出発し、もうすぐ終点茶屋町へ。茶屋町駅からは国鉄宇野線に乗換して、前の第3班と同じ時間の気動車列車で岡山に戻った。その監督業務に何の問題も起こらず、子どもたちも付添の保母からも特に異状は報告されなかった。

 かくして16時前に岡山駅に戻った第4班は、迎えに来ていた川上氏のクルマに分乗してよつ葉園に向った。件の男女であるが、ここでは助手席に内山青年、後部座席には本田陽子嬢が乗車した。特に何の問題も起きなかった。川上氏の前では、この二人の間に何かがあると気付かれる要素は一切なかったようである。


 第4班がよつ葉園に戻ってきた。無事解散式を終え、小学生の女子児童たちはそれぞれ自分のいる部屋に戻っていった。引率の保母らは、さしあたり事務室で唐橋児童指導員に帰園の報告をし、打合せに入った。

 一方、引率の大学生2名は森川園長のいる園長室に招き入れられた。終了報告を兼ねての今後の打合せのためである。森川園長は2人の大学生たちに慰労の言葉を述べた後、先ほどより横に控えている大宮青年に代筆させた手紙を渡した。


「まず一つ。成瀬さんから伝言を受けられたかな?」

「はい。8月6日の件ですね。彼女と一緒にお聞きしました。ぼくらは、どちらも参加可能です。喜んで行かせていただきます」

「左様か、それはよかった。かねて、新郎の唐橋修也君と打合せをして、諸君には二人ともお越しいただきたく思っておる。折角なので、当日の式場での司会と会場整理を中田信子さんにしていただくことにしたが、これは唐橋君夫妻を通して快諾を得ております。よかったな、内山君。意中の人にお会いできますぞ」

 嬉しさと同時に、横の女性に対する何とも言えない感情も少なからず胸中にこみあげてくる青年は、早速封をされていない封筒に入れられた便箋の文字を読むよう老園長より促された。さらには隣の女子大生にも。

「陽子さんにも関わるから、あなたも読まれたし」

 横から、陽子嬢がその手紙を読む。傍から見た二人には、学生結婚して間もない夫婦のような雰囲気さえ漂っている。


 8月6日は児島駅に早めにお越し願いたい。この日15時より唐橋修也氏と成瀬初奈嬢の結婚式を××院にて執り行う。児島への到着時間は早めに本園関係者に伝えられたい。その時間に中田信子嬢が児島駅に迎えに来られる。

 彼女はその日と翌日、公休と有休を1日取得している。披露宴を兼ねて式終了後宴を催すが、終了後中田信子嬢宅に宿泊されるならそれも構わぬ。むしろ本堂に宿泊できる者に限りあるため、そうしてくれるとありがたい。

 諸君らはすでに成人であるから、その行為を小生は下世話宜しく云々はしない。仮にかかる話題を持出する者あらば、厳正かつ適切に対処いたす所存である。


 ただし諸君らに置かれても、羽目は外し過ぎるべからず。

 老婆心ながら、こればかりは一言申し添えておきます。


                  森川一郎 

                  なお代筆 大宮哲郎


・・・・・・・ ・・・・・ ・


「森川園長はわかる。だけど、代筆が大宮哲郎君か・・・」

「大宮君を出してきたってことは、森川先生は私たちの状況について余程第三者の目を介した手を打つ準備ができているってことね」 

 近くの喫茶店を兼ねた自宅に彼女を送る途上、二人はその文言の真意を測ろうとしていた。

「私、大宮君とは一度も・・・」

「彼は意志の強い人だ。陽子ちゃんが誘っても動じないだろ」

「うん。誘ったことなんかないけど、あんな頭のいい人とは知合いになっていて損はないわ。そういう時にはいろいろ相談に乗ってもらえるから」

「だとしても、彼は・・・」

「ええ、サダくんとのような関係になることはまずないわね。彼はいつまでも岡山にはいない。出た先で、もっといい人を見つけるでしょうね。私やノブちゃんが結びつく余地なんて、彼にはないもんね」

 彼女の寂しそうな言葉を、内山青年は黙って受止めるしかなかった。


「来週も、サダくん争奪戦ね。年増おばさんなんかに負けないわよ~」

 少し明るい声で宣言して、彼女は自宅に戻っていった。

 

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