第40話 泊まりがけ事業は順調に進む。
中田信子嬢の運転するクルマで、奉仕活動に参加する大学生と院生の2人は××寺に戻った。そして、昨日と同じように何事もなかったかのように業務は続く。
その日も彼らは昨日と同じように保母ら女性3人と男子児童と内山青年に分かれて夜を過ごした。3日目は終日海水浴。この日も、二人はいつもと変わらぬ仕事をこなした。この夜もまた、前2日と同じように過ごした。
4日目。午前中だけは海水浴をし、昼にやって来た第4班と引継業務を行った。この日は朝に岡山を出発した小学生女子児童十数人と保母2人による団体を、唐橋児童指導員と成瀬車掌が引率してきた。昼食がてらに、唐橋指導員より本園からの引継事項が渡された。特に問題はなく進んでいるとのことで、急な予定の変更はなかった。引続き内山定義青年と本田陽子嬢に4班を任せるが、明日から明後日にかけては休みにしてくれていいとの伝言があったと。
小学生女子ばかりでさほど手間もかからないから、その日は外泊してくれて構わない。ただし、金曜日の夕方までには戻ってくるようにとの条件が付けられた。
とはいえ外泊するようなところはない。いったん岡山に戻るか、児島市内のどこかに泊るか。知人ならいないことはない。そう、都合よく一昨日会ったあの女性のところがあるではないか。しかも彼女は木曜と金曜も休みを取っていて、木曜の朝9時過ぎには迎えに来てくれるというではないか。
「本田さんと内山さん、ちょっといいかしら」
人のいないところに呼びつけたのは、添乗員として乗車してきた成瀬という名札を付けた唐橋車掌。まだ新しい名札を使っていない。それもそのはず、この行事が終るまでは基本的に旧姓のまま勤務することになっているから。
「今日こちらに来るときに中田のノブちゃんに会って、予定通りお二人を9時過ぎに迎えに来るから、って。その後は自由。翌日の16時過ぎにこの××院に送り届けてくれるってこと。あの娘(こ)の話では、内山君は中学校の同級生で憧れの人だったそうね。別に変な関係でもないから、お二人をとりあえず送ってあとはなんなり、帰りは時間を言ってくれればそこで児島駅に来てくれればいいって伝言を言付かっているの。あと本田さんも、ね」
2人は、ひょっとこれは先日の行為が感づかれたかなと一瞬思った。内心唐橋夫人は後輩の中田嬢が目の前の内山青年とよりを戻したどころか新たな関係に入ったのではないかという勘を持っている。
しかし、証拠はどこにもない。そんなことで興信所を使うわけにもいかない。まして本田陽子嬢と示し合わせて何かをやったということも考え辛い。そうなるとまさに街中のあの映画館でやっている成人向映画や官能小説の世界ではないか。
実は昨夜も、夫とそのことで話が盛り上がっていた。あの3人が同じ屋根の下で男女の関係にともなう快楽をむさぼっていたら大問題ではないか、と。とはいえこれは仮定の話であるからうかつなことも言えまい。
しかも、行事の業務を離れたところでの話なのだから。
森川園長は、そのような話を唐橋指導員から確かに聞き及んではいた。しかしその点についていちいち目くじらを立てる様子はまったくない。園長として、老紳士は直属の部下というべき若い児童指導員の前でこう述べた。
本園の行事の範囲内、ましてやその行事本体に影響のある問題を起こされたあかつきには、当然厳正に対処する。しかし、休憩時間や自由時間、まして業務を外れた場所において何らかの問題を起こしたとしても、それをもって内山君や本田さんに不利益となる対処をする必要はない。すでに成人している彼らの行為に対する当方の判定基準となる要件は、ただそれだけである。
成人した男女が特定の人物、たまたま女性の家であったとしても、そこで彼女たちと内山君が3人で、気持ちはよかろうが世間的にはよからぬ関係をもっていたとしても、それは本人たち自身が責任を取ればよいだけ。人の下世話に首を突込むものではない。
第一、わしらの仕事はそこまでヒマではないはずじゃ。
無論、子どもらに変な影響を与えられては困るが、な。
そこは内山君も本田さんもわかっておるし、中田さんとて同じこと。
しかし、若者らぁはうらやましいのぅ。
一方の××院。第3班から第4班に代わったことで、女子ばかりの班に男子大学生がいるのはいささかならず違和感の高まるところである。
大人の男女3人の愛憎関係が云々より、こちらの方がはるかに問題である。
これまで3日間にわたり、内山青年は男子児童らと起居を共にした。それによって女性職員らの深夜業務の手間を省けるというメリットも副次的ながらあった。
しかし今回は、小学生とはいえ女子児童らと一緒に寝させるわけにもいくまい。
百歩譲ってそちらはまだいいとしても、同年代の女性職員が2名いる。
この日内山青年は本堂の僧侶各位とともに夕食を兼ねて酒の相伴に預かることと相成った。本田陽子嬢も、彼とともに本堂のある建物に呼ばれた。
二人の若者たちにとって今日は図らずも「禁欲」の日である。それを言うなら月曜日の昼以降もそうであったが。もっとも、この地において彼らは交際しているどころか相互に思いを寄せている素振りひとつ見せない。
だが彼らの「裏」の顔というべきものを、入所児童の子らや保母らは格別、××院の住職と副住職の二人は、森川一郎園長同様既に見破っていた。
もっとも、そのことを他言はしていない。
「内山君、あんた、この本田陽子さんとお付合いしておられるな」
酒を飲みながら、住職が内山青年に尋ねる。ここは下手に否定などできない。肯定するより他ないところである。
「あんたらが月曜に女の人のクルマに乗って出かけるところを見たが、雰囲気がまさに交際しているとしか見えぬものであった。助手席に女、後部座席に男が乗り込む姿を見たが、しかし、大した小細工されよったな。無論私は、そんなことを他の職員さんや子どもらに言いはせん」
かの住職は、さらに車を運転してきた女性の雰囲気からも何かを感じ取っていたようでもある。だが、そのことは適示しなかった。
「陽子さん、あなたはこの行事に奉仕活動で来られるの、3回目でしたな。2年前の1回生のときに比べて随分垢抜けられた。まだ右も左もわからぬおかっぱ頭の少女であったのが、今や妖艶ささえ感じさせよる。男らから散々ちやほやされとるかもしれん。じゃが今のままでは先々、普通の女としての幸せは得られんかもな。もっとも、あんたが自立した女として生きていくつもりであるなら話は別じゃ。横の内山君以外にも、何人かお付合いされておる人がいるのではないかな」
「え、ええ、まあ」
ここで、丸い銀縁眼鏡をかけた副住職が話を継いだ。今時の漫画やアニメなら、まさに眼鏡一帯がきらりと光る状況である。
「あんた、自分をしっかり持たんと男性に振り回される人生を送りかねんぞ。もっとも、そんな程度のことで人生を棒に振る人には見えん。当職は、陽子さんはそこらの中学校の教師にしておくには惜しい人材である気がしてならん。あんたは男の庇護など無用で今生を生き抜ける力強さにあふれておられるのう」
この副住職も住職も、彼女の持つ何かを強烈に感じているようである。
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