新たなふたつの再会と出会い
第38話 同級生との再会
第3班は7月27日の日曜朝、結団式を終えてよつ葉園を出発した。
川上氏の経営する会社が手配したクルマで岡山駅西口に出て、4日前と同じように宇野線の客車列車に乗って茶屋町へ。
今回は保母2名に奉仕活動の同行者として本田陽子嬢と内山定義青年が添乗している。内山青年は女性職員らの至らぬ部分に目を向けて子どもたちを導いている。本人はそれほど子どもが好きというわけでもないが、自らの与えられた仕事には忠実な人物。本田陽子嬢はかねてよつ葉園と縁のある喫茶店の娘であるが、教育学部に通うだけあって将来は中学校の家庭科教師を目指している。後輩の磯貝青年のように自ら事業を起こすような考えの持合せは、今のところない。
そのような2名が同行してくれることは、この第3班と第4班に入っている小学生男女の面倒を見る保母たちにとっては、実に心強いものである。
何の問題の起きる兆候もなく、列車は茶屋町駅に到着した。無論、第1班の初日のように二等車に向かおうとする子はいない。第2班のように幼児が乗車していないこともあり、子どもたちはすんなりと列車を降りて誰に言われるまでもなく下津井電鉄の茶屋町駅に向かう。それもそのはず、今回来ている少年たちは誰もが昨年も来ており、よく見慣れた光景である。中には昨年夏以降このよつ葉園にやって来た子も2人ほどいるが、状況がわかればそれについていけばいいだけのことで、ここも心配するほどのことではない。
下津井電鉄茶屋町駅では、すでに電車が発車を待っている。前回のような手間もかからず、この団体はすんなりと乗車した。無理もない。そういうことに長けた男女の大学生が上手く導いているからに他ならない。そのあたりの阿吽の呼吸は、単なる男女を超えた何かがあるのではと思わせてしまうほどでさえある。
「よつ葉園の団体は、全員乗車しております。今日はよろしくお願いします」
男子大学生が取りまとめ、同世代と思われる若い女性車掌に報告。
「では、出発しますね。今日はマルです」
「マルって、どういう意味ですか?」
「定刻通りという意味です。あ、これ、うちらの会社の符牒みたいなものでして」
彼女はそう言うと、駅長に出発合図を送った。それを受けて、彼女が全部のドアを閉めた。これはボタン一つで閉めることが可能な2両一組の電車である。
電車が出発した。一度男子大学生は団体のいる場所に戻ったが、程なく後ろの車掌のもとにやって来た。
「あれ? 倉敷の**中におった中田信子さん?」
女性車掌はびっくりして、相手の男性の顔を見る。彼女もすぐ気づいた。
「そういうあなたは、天下のS高校に行った内山君じゃない。今日はよつ葉園の奉仕活動で来ているのね。去年は会えんかったけど、今年は会えたわ。よかった~」
どうやら知合いの模様。それにしても、彼女の最後の一言に、彼は何か感じるものがないわけでもなかった。
「ちょっと後で放送で呼ぶから、団体さんのほう頼むわね~」
この二人が今までにないほど急接近することになるとは、本人同士はもとより同行していた女子大学生さえ思っていなかったことは言うまでもない。
「内山君、窓から手を出す子がいるかもしれんから注意しとってな」
そう言い残して、彼女はいったん同級生の大学生を団体のもとに戻した。
「お客様に御案内致します。窓から顔や手を出さないよう、お気を付けください」
彼女の艶のある声が車内に響く。陽子嬢は、同行中の内山青年の表情が少しばかり変化したのを見逃さなかった。もっとも、この二人の動向は子どもたちはもとより同行の保母たちには一切気付かれていない。少年たちはまだそういうことに興味を示さないような年齢だから、無理もないだろう。もちろん彼らにしても男女の交際というものに興味がないわけではない。だが、大人のちょっとした変化に気付けるようになるには、まだまだ圧倒的に人生経験が足りない。
この団体は、ごく普通の小学生の団体のように電車で移動中。
しばらくすると、車内放送が入った。本来ここで入れるところではないが。
「お客様にお知らせいたします。岡山市からお越しの内山定義様、連絡事項がございますので後部車両の車掌のところまで御足労願います」
これは、彼女の先輩である成瀬初奈車掌が案内で知人を何かにかこつけて呼出する手法を活用したもの。後にこの放送が同僚や知人に知れ渡ったとき、男をひっかける目的で放送を使うなよと、笑いを持ってたしなめられた。だがそれで何かの処分を受けたわけでもなく、あくまでも軽口のネタになっただけ。それもそのはず、この団体に関わる連絡事項を会社より伝えるよう言われていたのだから。彼女にしてみれば団体の誰に渡せばいいかを特定する効果が確かにあったのである。
「内山さん、ちょっと」
「何ですか、本田さん」
二人は子どもたちから少し離れた場所に移動し、打合せらしきことを始めた。彼女の目がいつになく厳しくなっている。
「あの車掌さん、あなたの知合い?」
「うん。中学時代の同級生」
「付合っていらしたなんてことは、ないわよね」
「ないよ、そんなの」
案内放送をする必要がない状況を見計らい、女性車掌が後ろからやって来た。
「よつ葉園さんの団体の方々ですよね、ちょっと車掌室に」
二人の男女は車掌のもとへと行った。
「あなたたち、明日の昼はお休みでしょ。私も公休日なので、一緒にお食事でも」
「いいですよ」
「私ね、父から借りているクルマがあるから、何でしたら××院にお迎えに行きますけど、どうでしょうか」
「あの子らは9時前に出るから、その頃に」
「じゃあ、9時30分を目途に行きますね」
軽く打合せをした後、大学生の男女2人は団体のもとに戻った。
「でも何で、私まで誘われるンかなぁ」
「わからん。明日になればわかるだろ」
楽しいことが起こりそうな、何か危険なことでも起こりそうな。そんな胸騒ぎが陽子嬢の胸の中に去来する。一方の内山青年のほうは、少し危険な香りと共に何かとてつもなく素晴らしいことでも起きそうな予感が頭をよぎっている。
この両者は交際しているのかと言われれば、確かにその通り。実をいうと内山青年が女性を最初に経験したのがこの陽子嬢。その後他の女性との付合いがないわけではないが、彼女とは今も時に会う仲である。
一方の陽子嬢、彼の他にも大学入学後数人の男性と交際している。終ったものもあれば継続しているものもある。もっとも、男好きやまして淫乱などというレッテルが張られるまでではない。男女交際に幾分積極性にあふれる女性という程度。そこには既婚者や年配者との関係は一件もない。加えて彼女は仕事の際に女としての色気や武器を使って何か仕掛けたり仕掛けられたりすることを楽しんだり、ましてやその関係を自分自身の何かのために利用することは、一切ない。
彼女はこの頃から後に至るまで、仕事をきちんとする女性で通っていた。
電車は児島駅に到着した。よつ葉園の第3班は電車からバスに乗換して××院へと向かう。今回は特に幼児はいないので、タクシーを使う必要はない。10分もすればバスは××院に到着した。いつものように、住職らが出迎えてくれている。
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