第32話 つかの間の海水浴デート
一方、こちらは児島市の××院。金曜日は朝と昼にみんなで海水浴を楽しんだ。この地で一日海水浴ができる日。子どもたちは大いに楽しんだ。保母と彼女の後輩の奉仕活動の大学生らは、山上保母らと一緒に子どもらの世話にいそしんだ。
そして、土曜の朝。いつものように起き出し、仏様に御挨拶をした後朝食に。
小さな子たちは昼まで、この××院で山上保母と保育の時間を過ごす。
幸いこのお寺には子ども向けのおもちゃなどもあるので、それで遊ばせておけばよいと言えばそのとおり。山上保母を若い浅野青年とお坊さんがサポートしてくれるのでますます重畳。その代わり幼い子らの世話をした御礼も込めて、4人の女子中学生たちは太田保母とともに海水浴に。これに磯貝青年が同行する。
「しっかり楽しんできなさいね」
山上保母は一見6人相手に行っているように思えるが、実のところは太田保母と磯貝青年の二人をメインターゲットにしていることを、中学生の少女たちも何となくもうわかっている模様。
朝9時前に彼女たちは塩生の海水浴場に行き、早速更衣室で着替えた。
「太田センセー、磯貝のオニイサンと一緒に着替えんの~?」
少女のひとりが軽口を言う。
「男女で更衣室別だから、そんなこと駄目にキマッテルでしょ!」
太田保母が少しムキになって返答する。男子更衣室から磯貝青年が出てきた。
「じゃあ泳ぎに行こう。10時に少し休憩して11時に上がって××院に戻って、それから昼ご飯を食べて岡山に戻るからね。それじゃあぼくらはここにいるから、みんなはどんどん泳いでください」
4人の少女たちは一斉に、海に向って駆け出す。水浴びをしてしばらく海水を思い切り浴び、少しばかり泳いでみる。海水浴というのは海水を「浴びる」もので、海水の海を「泳ぐ」ことが目的ではない。しばらく海水を文字通りキャッキャと浴びた少女たちは、次々と砂浜に戻って今度は海風を浴びる。
「あの二人、ゼッタイツキアットルな」
「磯貝クン、太田先生と話しているときの声、私らに話すときと違うじゃろ」
「太田先生も磯貝さんと話すとき、なんかうれしそうじゃ」
「あれで隠しとるつもりか知らんけど、ミエミエじゃがな」
「ホンマ。お互い、どんなところがエエンジャローな~」
「英語の守安先生がいつかユートッタ。そういうの、蓼食う虫も好き好き、って」
「それそれ。あのセンセーも、いつもの車掌のおねえさんとなんかイイカンジ」
「私も気付いた! 毎年夏休みが近づいたらあのセンセ、ウレシソーじゃろー」
「そうそう。昨日も前の二等車の中で車掌さんとなんか話しとったけど、あれは絶対それにかこつけてぇ~」
「後は、言わんといてあげよーよ。どうせこの後、夜には・・・」
キャー
少し間をおいて、耳年増連の残りの3人が素っ頓狂な声を上げた。耳年増の残りひとりも少し間をおいて同じく嬌声をあげる。朝方だがすでにそれなりの人出がある。彼女たちが少々叫んだところで周囲の人たちがびっくりすることもない。周囲もまた、それなりにキャッキャとあちこちで歓声が上がっているくらいだから。
開放的な夏の日の朝。彼女たちの話はテント下の二人に聞こえることはない。それもそのはず。彼女たちは周囲に聞こえる声を使わず、寄合ってひそひそ話しているから。4人はやがて、思い思いにまた海水を浴びに海へと入っていった。
「ぼくらの関係、あの子らにばれてしもうたかなぁ?」
「大丈夫、だと・・・、思う」
「景ちゃん、なんか言われたン?」
「昨日はお風呂で磯貝さんと一緒に入らんのかとか、今日も今日の今さっきは、何言われたと思う? 一緒に着替えないのか、だって」
「あの小娘どもが。まあええわ、馬鹿は付けんといたる。武士の情けじゃ。でも着替えを見て欲しければいつでも。ただしケーコちゃんに限る」
「武士の情けも随分なものねぇ~。あの子らを小娘呼ばわりする春クンには、私はさぞかし、2歳も年増のオバサン?」
「んなこと、ない! 可愛いケーコおねえさま、です!」
「たいへん、よくできました!」
そう言って、彼女は2歳下の青年の頭を母が子にするかのように撫でた。
磯貝青年は腕時計を見た。そろそろ、10時が近づいている。砂浜にいる少女らを太田保母が呼出し、磯貝青年が持ってきた荷物の中の財布を取出して出店でかき氷を買って行きわたらせ、休憩を兼ねて食べる。これで水分補給とおやつの代り。
少女たちはかき氷に集中しつつも、自分たちより数歳年上の男女の様子をそれとなく伺っている。無論いかにもオツキアイしていますという雰囲気など出すわけもない。とはいえできれば、ここでイッパツこれ! という何かが出ないか、どことなく興味津々な雰囲気を漂わせている。
予定にはなかったはずだが、一緒に来ている小さな子たちが若いお坊さん2人に連れられて海水浴にやって来た。今日は帰りになるから長時間にわたって海にいさせる訳に行かないが、短時間であれば大丈夫ということ。
少し年長のお坊さんが、男女の二人を呼んだ。
「荷物は私の方で見ておくから、あなたたちも一緒に泳いでラッシャイ」
磯貝青年は、この6月の誕生日に送られた新しい腕時計を若い方のお坊さんに手渡した。これで、心おきなく泳げる。ちなみにその時計、横にいる女性の親族からの贈り物であるが、そのことは大っぴらにはできていない。
「この子らぁは私たちに任せて!」
少女のひとりが突如言い出した」
「磯貝さんも太田センセーも、あんまり泳いでないでしょ。だ、か、ら、・・・」
それ以上の言葉は出ない。
「じゃあ、そちらはよろしく」
大学生が彼女たちに答える。女子中学生たちが幼児らを連れて海辺に向うのを見送り、1組の男女は彼女たちとかなり離れた場所で一緒に海に入る。
男性の両手の薬指が、女体の横から見たそれぞれの頂上に意図的に接触した。
「春クン、いまケーコのどこ触った? 怒らんから、言ってごらん」
「えっと、その~(ひそひそ)」
「責任、とれよ!」
「取る気マンマンデ~ス!」
「年下の学生のくせに! どーやってこの可愛いケーコを養っていくのよ?!」
「可愛いって自分で言うなよ。可愛いけど。あ、ぼくは教師にはならないよ。塾を開いて事業にしていくから。実家は不動産もあるし、うまく活用すれば教師なんかにならなくても食っていける。ケーコちゃんは社長夫人、玉の何とか!」
「春クンにそんなこと言わせるのはこいつだな! 玉ってほどのモノかぁ!」
そう言って景子嬢は、相手の体の一部に手を当てる。その周辺の何かが大きくなるような感触が手に伝わる。
「物理的で良ければ、明日にでも・・・」
そう言いつつも今度は相手の女性の急所ともいうべき場所に手を当て返す。互いの身体にはそれぞれすでに土地勘ができている模様。どちらの行為も幸い海水中であることは幸い。しかも周囲には男女のペアも散見される。
「このハレンチ男! 叫んでケーサツ呼ぶぞ~!」
言う割には満更でもない恵子嬢。二人の顔が何かの拍子に急接近した。彼らはつかの間ながらも二人だけの世界に浸ることができた。
程なく11時が来る。若い男女は海水浴場の時計を見て砂浜に戻った。少女たちと小さな子らも陸に上がった。時計を受取り、あとは着替えて帰るのみ。
坊主の袈裟は、煩悩からくる言葉を出させない権威があることテキメンである。
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