第28話 児童の引率にかこつけて・・・

 電車は児島駅に到着した。ここから4台のタクシーに分乗する。琴海駅では競艇客らとの入れ違いになることもあるため、中心駅である児島まで戻ってからタクシーで××院まで戻ることにしている。

 今回は、昨日唐橋夫妻を乗せた国安氏のタクシーに磯貝青年と浅野青年、それに太田保母が乗車することになった。子どもらの世話は中学生の子らが中心になって見てくれている。青年らの中に太田保母を加えたのは、森川園長の計い。少しでも磯貝青年と太田保母のための時間ができるようにとのこと。

 

「そりゃそうと、唐橋君と初奈さんが結婚されたの、知っとるか?」

 タクシーのすべてのドアが閉まった段階で、国安氏が尋ねた。

「今、初めて知りました」

 そう答えたのは太田保母。同僚でもあるので、それはびっくり。

「やっぱり、そうでしたか」

 隣に座る若い男性は、そう答えるのが精一杯。

「じゃけど君ら、このことはナイショやぞ、この行事が完全に終わるまでは。とにもかくにも変な情報を流して人心を惑わせてはならぬ。それだけは気を付けることである。それから何じゃ、後ろの二人。あんたらもなんか、ただならぬ仲に感じられてならんのは、気のせいか?」

 国安氏は、後ろに座る磯貝青年と太田保母の関係性をすぐに読み取った。それもそのはず、最年少の浅野青年が二人をまずは後部座席に座るよう、しきりに促していたからである。もし後ろにいるクルマの中で誰かが見ていたとしても、浅野青年の立場とすればいくらでも言い訳はできる。幸いなことに山上保母は助手席とはいえ最後部のクルマに乗車しているから、これ幸いというもの。女子中学生らに二人の関係が発覚するのはまずいが、そのあたりも言い訳の余地は十分ある。

 とはいえ、シベリア抑留も経験した百戦錬磨の中年タクシードライバーの目はごまかせなかった。磯貝青年はすでに観念した模様。


「ぼくは、こちらの太田恵子保母さんとお付合いしております」

「君は大学生か?」

「はい。岡山大学教育学部2回生、磯貝春夫です」

「そうか。ま、彼女とどこまで進んだかは知らんが、生涯添い遂げたい思いが少しでもあるなら、大事にしてあげにゃならんの。あんた太田さんより年下か?」

 さほどの差はなさそうだが、明らかに男のほうが若いとみられた模様。

「はい。2歳下です」

「そうか。わしなぁ、野菊の墓っちゅう伊藤左千夫の小説を若い頃読んだ。年上の女性との悲恋。実はわしも奥さんが2歳上。図ったように、な。わしの場合は見合いの要素もあったが限りなく恋愛じゃ。野菊の墓のおねえさんは死んでしまうが、わしの奥さんは元気そのもの。おかげでこちらも元気にやらせてもらえとる」

 そうこう話しているうちに、4台のタクシーは××院に到着した。

「ほな諸君、料金は既にもらっとるからええ。住職さんによろしくな。それから、磯貝君といったか、まずはこの恵子さんとしっかり向き合うんじゃ。ええな!」

 国安氏の訓戒を聞き、磯貝青年はただただ「はい」と一言返答した。


・・・・・・・ ・・・・・ ・


 ××院に帰りついたのは15時前。幼い子どもたちをさすがにこれ以上連れまわしてどこか連れて行くようなことは無理。かと言って、中学生の女子児童をいつもいつも子どもたちの世話係ばかりさせておくわけにもいかない。海水浴場は17時頃まで営業している。たまには中学生たちだけで遊ばせてやろうということになった。その年齢なら本人たちだけでもよさそうなものではあるが、一応付添がいる。となれば、年齢の近い太田保母と奉仕活動中の磯貝青年が付添に行くことに。

 2時間ほどのことであれば、子どもたちは山上保母と浅野青年で何とかなるとのこと。浅野青年は夕食の準備もあるが、合間を見て山上保母をサポートする。加えて若いお坊さんたちが子どもたちの相手もしてくれているから、それほど問題はない。ただし、山上保母ばかりは内心その限りではなかった。


「しかし、太田さんと磯貝君を組ませて女子児童の海水浴に行くなんて、一歩間違えたら・・・」


 そんな懸念は計画段階からあったが、森川園長はその案を難なく裁可している。それよりむしろ、折角幼児らの世話も含めて同行してくれている女子中学生たちをできるだけ同世代の子らだけで遊べるようにという配慮を2日目以降毎日入れて、その付添に太田保母と磯貝青年をペアにして配置するよう、むしろ積極的にそう仕向けている節さえある。

 森川園長はこの件に関しても大宮哲郎青年に相談している。大学の後輩である磯貝青年が太田保母に対し好意を寄せていることを知る大宮青年もまた、その案にむしろ賛意を示した。仕事を通して仲良くなるならそれもよし、あまりにけじめのつかない事態が起きたら、その時はそのときで対処すればいいのでは、とのこと。


 15時を少し回った頃、女子児童4人と若者2人は塩生の海水浴場に向かった。遊べてもせいぜい1時間かそこらしか時間はないが、それでも彼女たちは、その貴重な時間を自分たちで精一杯楽しんだ。

 一方の付添いで来た保母と大学生の二人は、水着の用意をしていない。陸地で待機しているとのこと。ここは海水浴場なので、いざとなったら監視員もいるし、その時のために泳げる準備だけはしている。


「春くんと2人で来た方がよっぽど楽しめるけどね。ま、仕事だし」

 女子中学生がキャッキャと海辺で戯れ遊ぶ中、屋根のついた休憩室でかき氷を食べながら、彼女は恋人でもある大学生にポツリとつぶやくように言う。特に悪い虫などつく気配はなさそうである。

「そや。仕事やがな恵ちゃんは。給料ももらっているわけだし。こうも爽やかな遠浅の夏の海に二人でいられるだけでも、幸せやがな」

 確かに、夏の南風は優しく温かい。生まれたままの姿で夜明けまでとはいかない状況下ではあるが、今こうして海水浴場に付添の仕事とはいえ来られて、しかも横には恋人がいるという状況は、何だかんだで彼らにとってはぜいたくな時間の過ごし方というものではある。

 4人の少女たちは、思い思いに海辺での時間を満喫している。ここで自分らが出ていくのも野暮というもの。磯貝青年は黙って、自分より最大で7歳程度しか違わない少女たちを見ながら、そんなことを思っている。件の4人組が海水と砂浜と潮風らと戯れている中、彼らは仕事を意識しつつも二人だけの時間を楽しんでいた。


 磯貝青年は時計を見た。そろそろ16時30分が近づいている。

「恵ちゃん、そろそろあの子らを引き揚げさせる時間や」

「わかった。春くん、あの子らの荷物頼むね。あ、のぞいたら駄目よ」

「女子中学生に興味はないからね。あ、ケーコちゃんのは・・・」

「この、ヘンタイ!」

 彼女は引率の子らに何かを悟られないように注意しつつ、彼の肩を軽く叩いた。

 少しばかり痴話のやり取りをした太田保母は磯貝青年のもとを離れ、女子児童らのもとに駆け寄って着替えるよう指示した。彼女たちの荷物は太田保母が預っている。程なく彼女たちは預かってもらっていた着替えを持って脱衣所に赴いてシャワーを浴び、この日朝から着てきた私服へと着替えた。


 成人後間もない男女は、少女たちを引率して宿泊先の××院へと戻った。

 時刻は間もなく17時。午後5時で、この海水浴場の営業は終了する。

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